天才ディラック(24歳)の1926年論文を解読するのだ・最終節その6
たった17ページの論文を解読するのに一か月もかかってしまうようではキミいかんよーと昭和のおっさんから小言をいわれ続ける強迫観念に悩まされ続けながらも、続けてきました98年前の超前衛量子力学最先端カッティングエッジ「On the theory of quantum mechanics」(1926.8)の解読作業。
前回ぶんの終盤にようやく霧の向こうから見えてきましたアインシュタイン。108年前つまりこの論文よりさらに十年昔、彼が独りでよじ登った、幻の山頂 "Strahlungs-Emission und —Absorption nach der Quantentheorie"(量子論による放出と吸収)。このなかにB係数と呼ばれるものがでてきます。
詳しいことはここで紹介してあるのでそちらを参照してください。この $${B_n^m = B_m^n}$$ なる係数の等式が成り立つならば、彼が無名時代に提唱して当時は黙殺されてしまった光量子説にとって、極めて強力な聖剣エクスカリバーな草薙の剣になってくれるであろうと、1916年1月受理のこの論文を締めくくっています。
その十年後、我らがポールくんが、この等式が成り立つ(というか成り立つのが自然である)とする理論の、構築にかかりました。
それがこれまで皆さんに見ていただいた、私の解読するところの彼の1926年8月論文の最終節です。
前回はとりわけ数式の乱れ撃ちでした。そして今とうとう、$${B_n^m = B_m^n}$$ の頂に、ポールなディラック(24歳)くんが到達する様を、98年の時を超えて2024年の皆様に実況中継できることは、私にとってこの上ない名誉であり、誇らしいことであります。じゃーん。
前回ラストを飾ったのが、この等式でした。
$${N_m=a_ma_m*=c_mc_m*+c_m'c_m*+c_mc_m'*+c_m'c_m'*+c_m''c_m*+c_mc_m''*}$$
ここで少しばかり厄介ごとが待ち構えています。水素原子のどの軌道に電子があるのかは、例えば水素原子が百個あって、そのすべてにおいて原子核に一番近い軌道に電子があるとは限りません。あったほうが百個分の計算が楽になるけれど、ある保証がない。
そこである裏ワザを使って、電子のどの軌道に電子が当初あるのか(いわゆる初期設定)については問わなくていいようにすることにしましょう。
$${c_m}$$ を $${c_me^{iγ_m}}$$ と置きかえて、次に $${γ_m}$$ を $${0}$$ から $${2π}$$ まで平均化するのです。
$${e^{iγ_m}}$$ は初期設定を示しています。これを位相平均するとですね、先ほどの式の右辺が…
$${c_m c_m^* + c_m' c_m'^* + c_m'' c_m''^*}$$
すなわち
$${1/h^2c^2.∑_nc_nc_n*\dot{η}_{mn}\dot{η}_{mn}∫_0^Tκ(t)e^{i(W_m-W_n)t/h}dt.∫_0^Tκ(t)e^{-i(W_m-W_n)t/h}dt-1/{h^2c^2}.∑_nc_mc_m\dot{η}_{nm}\dot{η}_{mn}∫_0^Tκ(t)e^{i(W_m-W_n)t/h}dt∫_0^tκ(s)e^{i(W_n-W_m)S/h}ds-1/{h^2c^2}.∑_nc_mc_m*\dot{η}_{nm}*\dot{η}_{mn}*∫_0^Tκ(t)e^{-i(W_m-W_n)t/h}dt∫_0^tκ(s)e^{i(W_m-W_n)s/h}ds}$$
…ううう眩暈がします。しかし複素共役の性質を巧く使って、それから交差項を見ていくと(平均化の際に相位が消失しているおかげで)うまく消去できることから、ここまで簡略できてしまうのです。
$${1/{h^2c^2}.∑_n(∣c_n∣^2-∣c_m∣^2)∣\dot{η}_{nm}∣^2 ∣∫_0^Tκ(t)e^{i(W_m-W_n)t/h}dt∣^2}$$
これは、時間 $${t=0}$$ から時間 $${t=T}$$ までの間における状態 $${m}$$ にある水素原子の数の増加 $${ΔN_m}$$ を表しています。
さらにいうと、$${n}$$ を含む総和項は、状態 $${m}$$ と状態 $${n}$$ との間の遷移によるものと見なすことができます。
ここでフーリエ変換という、古典物理の定石を使うと、もっとすっきりした数式が現れます。
$${I_ν=2πν^2c^{-1} ∣∫_0^Tκ(t)e^{2πiνt}dt∣^2. }$$
時間 $${t=0}$$ から $${t=T}$$ までの間で調和成分に分解すると、周波数 $${𝑣}$$ あたりの単位周波数範囲の強度 $${I_v}$$ が、上のように立式できてしまうのです。
先ほどの $${ΔN_m}$$ つまり $${1/{h^2c^2}.∑_n(∣c_n∣^2-∣c_m∣^2)∣\dot{η}_{nm}∣^2 ∣∫_0^Tκ(t)e^{i(W_m-W_n)t/h}dt∣^2}$$ が…
$${1/{2πh^2ν^2c}.(∣c_n∣^2-∣c_m∣^2)∣\dot{η}_{nm}∣^2I_ν}$$
と算出されます。この式は、以下の式で表すこともできます。
$${2π/{h^2c}.(∣c_n∣^2-∣c_m∣^2)∣η_{nm}∣^2I_ν}$$
この式のなかに $${η_{nm}}$$ とあります。これはある一定の方角限定での係数なので、三次元化すると…
$${∣P_{nm}∣^2 = ∣ξ_{nm}∣^2 + ∣η_{nm}∣^2 + ∣ζ_{nm}∣^2}$$
これを使えば、先ほどの $${2π/{h^2c}.(∣c_n∣^2-∣c_m∣^2)∣η_{nm}∣^2I_ν}$$ を、こんな風に三次元対応にできてしまいます。
$${2π/3h^2c.(∣c_n∣^2-∣c_m∣^2)∣P_{nm}∣^2I_ν}$$
もうちょっとでアインシュタイン先生の B係数が拝めるからもう少し頑張りましょう。電子がある軌道(本当は状態というべきなのですがボーア模型で準じて軌道としておきます)から違う軌道に変移するとき、電磁波を発したり呑みこんだりします。その確率を上の式は表しています。n→m のときの確率、m→n のときの確率が(平均化を経て)同じになるわけだから…
$${B_{n→m}=B_{m→n}=2π/{3h^2c}.∣P_{nm}∣^2}$$
アルくんのB係数等式が、長い長いながあ~い垂直氷壁登りの末に、現れてくださいました。
この等式をアルは、1916年の論文で提示してはいました(ドイツ語原文のものはネットを探しても見つからなかったので英訳版を紹介しておきます)。ただ、それは導出ではなくて ♪こういう等式があったらいいな、できたらいいな♪ と歌うに留まりました。
「これがあれば、プランクの公式をわしの光量子理論から導出できるんだが…」と。
科学史的に見ると、1916年当時にそれはとても叶わぬ夢でした。ボースの例の画期的論文(1924年)、ハイゼンベルクによる半ば開き直りのアイディア(1925年)が師匠筋のボルンとその教え子ヨルダンの協力によって行列を使った量子論に発展(1926年)し、同年にシュレディンガーが例の方程式と波動関数を提唱したことで、ようやく機は熟したのです。
それらの発展をポールなディラックの兄ぃ24歳(こだわるよ)が、古典物理な物理数学を淡々と積み重ねながら、十年のあいだ放置されてきたアルのB係数に、タケコプターに頼らず到達したと、そういうドラマです。
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シュレディンガー方程式はふたごさんでした。一人目はこの頃すでに生まれいてたものの、二人目はシュ博士のお腹の中にいました。この子は一人目と違って、時間を内包した方程式でした。
いわゆる「時間に依存するシュレディンガー方程式」のことです。
ポールくんの今回の論文を解読するにあたって、私は ChatGPT と何度も議論しました。論文を読んでもらって、ある数式がどうやって導出されたものか分からないと、いつもこの生成AIを問い詰めました。
チャットさんはそんなとききまって「時間に依存するシュ方程式によると~」と回答しだすので、そのたびに「当時はそれ発明されてないんよ」と駄目だししました。
すると今度は「ボルンの確率解釈ガ~」と返してくるので、「それも当時のポールくんは知らないんだってばよ」と言い返すと、めげずにチャットさんはブラケット記号を使って式の導出法を語りだすので「それは十年後になってから発明されるんやー!」と言い返すと、今度は「ヒルベルト空間における作用素ガ~」と説明しだすので「それは翌年に数学者が言い出した理論じゃー!」と言い返す…
そんなことを延々と繰り返しながら、そして何度も議論がループしながらも、私の閃きで違う解釈を見つけだしてこの膠着状態を抜け出して、するとまた次の激論が始まるということを、何度も何度も繰り返しながら、解読していきました。
天国のポールくん聞いてる? 24歳のときのあなたの論文を解読するの、こんなにめんどくさいとは思わなかったよ、今度はもうちょっと親切設計のスタイルで論文頼むわっ。
そういうわけで・・・