天才ディラック(24歳)の1926年論文を解読するのだ・最終節その4
その3からの続きです。数日ほど空いてしまいました。
さぼってませんよ。このシリーズを第一回から順に再読してみて「なにゆうてんねんこいつ?」状態に陥ったなんて、恥ずかしいのでここでは言わないでおきたい、そういうことです。
ポールくんの論じ方は、深みにはまることなく、数式の形式に重点をおいて、あれよあれよと式変形が続いたり、新たな式が舞い降りたりしつつ、終盤はすっきりした結論で締めくくられる、そういうスタイルです。
それを追っていくのは私でもしんどいです。
あまりIT方面には強くないしむしろ苦手であるにもかかわらず Python を活かしたアニメーション動画作りに必死になったりしたのも、なんとかポール君の当時の脳裏にあったものを視覚化したかったから。
いちおうできたけれど、それを見ながら、ああ絶対彼はこんな絵は思い浮かべていなかったと、違う確信を深めていきました。
それから ChatGPT を疲れ知らずの秘書かつ議論の相手として駆使しつつ、難解論文を解読していくメソッドを、自分なりに掴んでいくなか、冒頭から再度きっちり読み込んでいかないといけないなって、思いを強くしました。
その作業は二周目に委ねます。今は残る第五節つまり最終節の残りぶんを、根性みせて解読していきましょう。
*
この第五節、数式がとりわけごちゃごちゃ~っと並びます。
いちいち人力で追っていたら神経がおかしくなりそうなので、LaTex表記化して、ChatGPTに放り込んであげました。論文本文といっしょに。
前回はどこまで登ったのだったかな… ↓
ああ、この式まで進んでるのか。
$${Wa_n - a_n W = i \hbar \dot{a}_n}$$
続きいくよっ。
*
こんなのが出てきます。
$${Aψ_n=∑_mA_{mn}ψ_m}$$
$${m}$$ と $${n}$$ は、それぞれ異なる電子軌道を示しています。$${m}$$ の軌道上にある電子が、軌道 $${n}$$ に突然変移する場合について議論を進めるにあたって $${A_{mn}}$$ という係数を用意したのです。
(この $${A_{mn}}$$ が行列の形式になることは、ピンときてますね皆さん? よし)
行列Aは、時間 $${t}$$ のみに拠る行列であり、かつ、各項が複素数であることも、理解できてますね皆さん? よし。
複素数を使う行列で、かつ出力が実数になる行列といえば、エルミート行列です。$${A_{mn}}$$ がエルミート行列でないといけないとなると、*を共役複素数として、こんな式が成り立たないといけない。
$${A_{mn}*=A_{mn}}$$
ここで、前回ラスト近くに登場した数式に再度登板いただきます。
$${0=∑_na_n(H-W+A)ψ_n-iℏ∑_n\dot{a}_nψ_n}$$, (24)’
$${(H-W)ψ_n=0}$$(前回ぶんを参照)をここに放り込めば、
$${∑_{mn}a_nA_{mn}ψ_m-ih∑_m\dot{a}_mψ_m=0}$$
さらには先ほどの $${Aψ_n=∑_mA_{mn}ψ_m}$$ を放り込むと…
$${ih\dot{a}_m=∑_na_nA_{mn}}$$, (25)
おお、これって $${a_m}$$ の時間変化を示す、簡素な微分方程式ではありませんか。
念押ししますが $${a_m}$$ も $${a_n}$$ も複素数です。実数ワールドにうまく着地させるためには、複素共役の場合についても検討しないといけません。
こんなのを、です ⇩
$${-ih\dot{a}_m*=∑_na_n*A_{mn}*=∑_na_n*A_{nm}}$$.
ここでポールくん、ある大胆な仮定というか推理をします。
$${N_m=a_ma_m*}$$ は $${m}$$ 番目の状態にある原子の数なんちゃうか?
ボルンの確率解釈を知っている現代の私たちにすれば、$${a_m}$$ や $${a_n}$$ は、時間 $${t}$$ における状態 $${m}$$ や 状態 $${m}$$ の係数であり、系が外部摂動に応じて状態 $${m}$$ にある原子の確率振幅を表す…と見てさっと分かるわけですが、1926年8月現在のポールくんはこのボルン説については知らないことを、どうか心に留めておいてください。
彼は確率ではなく統計の視点で、思索を深めていました。水素原子がたとえば100個あって、原子核に一番ぎりぎりの軌道に電子がある水素原子は100のうち80個、二番目の軌道にあるのが10個、三番目にあるのが5個、四番目にあるのが2個、五番目に[以下略]という風に、パチンコ玉がぎょうさんあってどの凹みにどのくらい分散するかという風に、考えていました。
それゆえ「$${N_m=a_ma_m*}$$ は $${m}$$ 番目の状態にある原子の数なんちゃうか?」という閃きを得たのだと、私は想像します。
この鋭い推理というか仮定に従うならば、こんな式が導出されます。
$${ih\dot{N}_m=ih(\dot{a}_ma_m*+\dot{a}_m*a_m)=∑_n(a_nA_{mn}a_m*-a_n*A_{nm}a_m)}$$
そして、エルミート行列であることに着目すると、この式からこんな式が引き出せます。
$${ih∑_m\dot{N}m=∑_{nm}(a_m*A_{mn}a_n-a_n*A_{nm}a_m)=0}$$
この後、特殊相対性理論下での整合性について、ちまちまと計算式が繰り出されていきます。つづく。
[追記]数式中の ℏ がときどき $${h}$$ になってしまっているのは、原論文の読み取りの際に h とされてしまったものと思われます。1926年当時は ℏ の書体が h と見分けがつきにくくて泣かされます ( ノД`)シクシク…
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