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天才ディラック(24歳)の1926年論文を解読するのだ・その7

続きを語るよこれの⇩ しっかりついてくるのだ野郎ども。


くだんの論文も貼っておきます。第三章(第三節というべきかな)からどす。

6ページ目の末から開始して…

10ページ目の頭までです。


生成AIに要約を作っていただきました。

§ 3. 複数の似た粒子を含む系

ハイゼンベルクの行列力学においては、動的変数を表す行列の要素が放射線の周波数や強度を決定することが前提とされる。この理論は物理的に重要な量のみを計算することが可能であり、実験的に測定できない軌道周波数などの量については情報を提供しない。この特性は、理論の将来の発展においても保持されると期待される。

次に、2つ以上の似た粒子を含む系、例えば2つの電子を持つ原子を考える。電子がそれぞれ軌道 $${m}$$ と $${n}$$ にある状態を $${(mn)}$$ と表す。物理的に同一である $${(mn)}$$ と $${(nm)}$$ が異なる状態として扱われるべきか、同一の状態として扱われるべきかが問題となる。異なる状態として扱う場合、2つの遷移 $${(mn) \rightarrow (m')}$$ と $${(mn) \rightarrow (n'm')}$$ の強度を別々に計算できるが、実験的には両者の強度の合計しか測定できない。このため、理論の本質的特性を保持するためには、$${(mn)}$$ と $${(nm)}$$ を同一の状態として見なす必要がある。

この場合、電子の対称性により、遷移 $${(mn) \rightarrow (m')}$$ の振幅が $${(nm) \rightarrow (n'm')}$$ の振幅と等しくなるべきである。これにより、行列の各要素が一致することが要求されるが、これは量子条件と矛盾する。したがって、対称でない座標や運動量の関数は行列で表すことができない。対称関数、例えば原子の総極化は行列で表現でき、この行列だけで系の物理的特性を決定できる。

これらの考察から、著者によって導入された均質化変数の理論は適用できなくなる。遷移に対応する項が唯一である必要があり、これにより対称または反対称の固有関数が必要とされる。対称な固有関数や反対称な固有関数のみで問題を解決することができる。

相互作用のない電子に関しては、固有関数は電子一つ一つの固有関数を掛け合わせたものであり、すべての電子の固有関数を用いることができる。相互作用がある場合でも、対称と反対称の固有関数が存在し、問題の解決に必要な情報が提供される。

反対称の固有関数は、2つの電子が同じ軌道にあるときにゼロになる。これにより、パウリの排除原理が成り立つ。一方、対称の固有関数では、同じ軌道に複数の電子が存在できるため、この解決策は原子内の電子の問題には適していない。

「わからへん」 そうですか。ChatGPT さんよく頑張ってますが、素人さんにはわからへんとしても、それほど変ではないと思うので、私が解説します。

前年(1925年)に若きヴェルナー・ハイゼンベルクくんが、大胆なことを言い出したのが始まりです。

「電子には多重の軌道があって、そこを電子がぐるぐる回っとるとわしら物理学者ははなから決めつけて議論しとるけどさ…

…よく考えたらぐるぐる回ってるかどうかなんて、これまで観測されたことはないやんか。この際ぐるぐるは捨てて、ある状態 $${m}$$ から違う状態 $${n}$$ に電子がいきなり移る現象については、観測で確認されているわけだから、それをうまく数式化できてしまえば、それでさしあたり十分やと思うんやが、どうやろ?」

大胆というか無謀というか、天才肌のアイディアマンの閃きでした。

もっとも彼は途中で計算を投げ出してしまったので、師匠筋のボルンとその教え子ヨルダンが「無限次の行列として計算してみたらうまくいくんちゃうか?」と実行したらうまくいってしまったおかげで、この無謀というか大胆な天才肌のアイディアは机上の空論どころか画期的洞察として1925年当時の物理学界を揺るがしました。


ポールくんもこのアイディアの有効性に感嘆したひとりでした。事実、この第三節冒頭で

"In Heisenberg's matrix mechanics, it is assumed that the elements of the matrices representing the dynamical variables determine the frequencies and intensities of the radiation components emitted. This theory thus allows us to calculate only those quantities of physical importance, providing no information about quantities such as orbital frequencies that cannot be experimentally measured. We should expect this satisfactory characteristic to persist in future developments of the theory."

(ハイゼンベルクの行列力学では、動的変数を表す行列の要素が放射線の周波数や強度を決定することが前提とされている。この理論は物理的に重要な量のみを計算することができ、実験的に測定できないような軌道周波数などの量については情報を供出しない。この点は理論の将来の発展においても揺るがないと思われる)

…と、彼のそのお仲間方の研究を肯定し、それを足掛かりにして、面白い推理を繰り広げていきます。


ヴェルナーくんのアイディアは、⇩の原子モデルにある殻が、外側に向かって無限に続いていく、そして外側にいくほど密集していくというものでした。

むろん数学的計算上のものです。本当にそうなっていると期待はしないで、そう仮定すると、それまでうまく説明できなかったものがうまく説明できる… 彼とそのお仲間たちは、ある状態については $${m}$$ 、またある別の状態については $${n}$$ と代数的にナンバーを振って、行列の式に見立てて計算して、それをやってのけました。

ポールくんもこのやり方を踏襲しつつ、こんな議論を繰り広げます。「実際には原子には電子が三つや四つやもっとあるのがザラなんだが、さしあたって電子が二つの場合を考えてみるわ。電子が軌道 𝑚 にあり、他方が軌道 𝑛 にある状態を (𝑚𝑛) と表すとするねん」

軌道(orbit)と述べています。ポールくんは電子の軌道を存在するものと考えていたのか、それともそういう哲学的議論にあまり関心を抱かなかったのか…

性格的には後者かな。

「このとき、二つの電子を入れ替えることにより物理的に区別できない二つの状態 (𝑚𝑛) および (𝑛𝑚) が異なる状態と見なされるべきか、同一の状態と見なされるべきかという問題が生じる」

(The question arises whether the two states $${(mn)}$$ and $${(nm)}$$, which are physically indistinguishable as they differ only by the interchange of the two electrons, should be counted as two distinct states or as a single state.)


どっちが正しいのですかディラックさま?

「そらあなた、観測データを見ればわかるよ、同一状態とみるしかない。理論の本質的特性を保持するためには (𝑚𝑛) と (𝑛𝑚) を同一の状態と見なさなければならない」(Therefore, to maintain the essential characteristic of the theory, which is to calculate only observable quantities, one must adopt the second alternative: $${(mn)}$$ and $${(nm)}$$ should count as a single state.)


名探偵シャーロックによる暗号解読のお話を髣髴とさせます。皆さんも読んだことがあるかドラマで見たことが一度はあると思う、あのお話。

これは暗号と気づき、解読を試みます。最頻出の人形(ひとがた)はおそらくEであるから…

それを手掛かりに、すべての人形(ひとがた)についてアルファベットへの対応関係を見つけだしていきます。

ディラックの方法論は、どこかこのお話を思わせます。実際彼は若い頃ホームズ本がお気に入りだったそうです。

「 (𝑚𝑛) と (𝑛𝑚) を同一の状態と見なさなければならない」と彼が強調したのは、シャーロック先生による「一番頻度の高いのがEだ」に当たるものです。


すると次の手がかりはなんでしょうねホーム…ではなくてディラックさま?

「ワトソン君、遷移 $${(mn)→(m'n′)}$$ と $${(nm)→(n'm’)}$$ の演算結果が同じになるということだよ」


$${x_1​(mn;m′)=x_2​(nm;n′m′)}$$


おっと喋り方がいきなり露口茂の吹き替えになったぞポールくん。この式にある $${x_1}$$ と $${x_2}$$ とは?

「関数だよ。はっきりいえば行列だ。しかしこういう行列の式は、特定の条件下でしか成り立たないことは分かるね?」

どういう条件下なら成り立つんだろうポールくん。

「対称性が保たれているか、でなければ反対称性の場合だよ」


$${m''-m'=m'-m, n''-n'=n'-n}$$ 
(対称性が保たれている場合)

$${m''-n'=n'-m, n''-m'=m'-n}$$ 
(対称性が保たれている場合)


「この条件下なら、先ほどの行列による関数の等式が成り立つ」


うーむ、その方向性でいいとは思うんだがホーム…ではなくてポール君、だが肝心の行列はその条件では完全には絞り込めないのではないか?

「いや、さらに条件を付けくわえていけばいい。今ぼくらは、二つの電子について議論をしている。ひとつの電子にひとつの固有関数だから、ふたつの電子にはふたつの固有関数。それはこういう式になるだろう」


$${ψ_m(x_1, y_1, z_1, t)ψ_n(x_2, y_2, z_2, t)=ψ_m(1)ψ_n(2)}$$


1とあるのは電子その1、2は電子その2のことかね?

「その理解でいいよワトソン君。先ほどぼくらで推理したように $${(mn)}$$ と $${(nm)}$$ は同じと見なす条件を、上の式に加えると…」


$${ψ_{mn}=a_{mn}ψ_m(1)ψ_n(2)+b_{mn}ψ_m(2)ψ_n(1)}$$


おお~

「そしてAという関数を用意する。Aは行列となる」


$${Aψ_{mn}=∑_{m'n'}ψ_{m'n'}A_{m'n',mn}}$$


絞られてきたねホーム…ではなくてディラック君。

「ここで先ほどの数式に戻ろう」


$${ψ_{mn}=a_{mn}ψ_m(1)ψ_n(2)+b_{mn}ψ_m(2)ψ_n(1)}$$


「これが $${(mn)}$$ と $${(nm)}$$ で同一視できるようなるには、二つ手がある」


$${a_{mn}=b_{mn}}$$ または $${a_{mn}=-b_{mn}}$$


「このとき行列Aは、こんな形式になるだろう」

$${∑_{a_1...a_r}ψ_{n_1}(α_1)ψ_{n_2}(α_2)…ψ_{n_r}(α_r)}$$

いきなり長くなっていないかシャーロッ…ではなくてポール君?

「ああ、これは電子が二つではなく、もっと仰山ある場合も想定して立式したものだ」


ふむ…

「ちなみに行列式がゼロにならないのは、反対称性を保っている場合に限られる」

線型代数の基本だねそれは。

「基本だ。反対称性の場合が唯一の正解と考えられる。パウリの排他原理とも一致するしね」

パウリの排他原理… ああ、前年(1925年)にウォルフガング・パウリが提唱した原理のことか。

「同じ軌道に、同一の量子状態の電子はひとつしか入らないという、あの原理だ。彼のいう同一でない量子状態とは、ぼくらが今論じている『電子の遷移が反対称性』を含んだものと取っていいと思う」

言いかえれば彼の原理を、数式の形式から証明してみせたということだね?

「いや、しかしその第一歩にはなっているだろうというところかな」

うーむまさに天才だよホーム…ではなくてディラック君!

「ふっ。ぼくの推理はこの後さらに続くんだ、次回に続くよ

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