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天才ディラック(24歳)の1926年論文を解読するのだ・最終節その3

その2からの続きです。原論文はこちら

今回もポールくんは唐突に仮定を切り出して私たちを途方に暮れさせてくださいます。

一つ目はここ。とりわけ二段目の式。


一段目のは、なんてことないんですよ。

$${0 = \sum_n (H - W + A) a_n \psi_n}$$

$${H}$$ は系全体のもともとのハミルトニアンつまりエネルギー総量。そこに摂動エネルギー $${A}$$ が加わります。この二つは定量です。

しかし残る $${W}$$ は変動します。

これは各水素電子のエネルギー準位の総量です。エネルギー準位ってわかりますか、中学の理科で習った、これを思い出してください。

電子が一個のときは、一番内側(この図ではK殻とある輪)に電子くんがいます。

しかし外部から電磁波とかのエネルギーが降りかかると、電子くんはひとつ外側の殻に跳ね上がります。

たいていはL殻にですが、エネルギーが強いとL殻だったり、もっと外側のM殻だったりに跳ね上がります。

電子くんを跳ね上がらせる外部からのエネルギーを、摂動のエネルギーと呼びます。

摂動エネルギーが、電子くんを上の階に跳ね上がらせる… つまり外部からのエネルギーの一部が、力学でいう位置エネルギーに変わるようなものです。

そういうのをポテンシャルエネルギーといいます。

$${W}$$ は、各水素原子のそうしたエネルギーの総量というわけです。

$${H}$$ と $${A}$$ は基本設定的なもので、しかし $${W}$$ は動的なものです。外部よりエネルギーを振りかけられれば各水素原子の電子くん(いうまでもなく各原子にひとつずつあります)は外の殻というか上の階に跳ね上がるから $${W}$ は増加します。

一階から二階に猫が上がったら、猫の質量は同じままであっても位置エネルギーは増す(二階ベランダから庭のあなたに猫が飛び降りてきたら痛いですよね)のと同じ理屈です。

ここで先ほどの数式を再度ご覧いただきたい。

$${0 = \sum_n (H - W + A) a_n \psi_n}$$

$${a_nψ_n}$$ とありますね。これは行列です。話すと長くなるので手短に話すと、基本波を重ね合わせてどんな波でも作ってみせる、シンセサイザー的な行列を表しています。

この右辺、もしこんな風にいじると、どうなると思いますか。

$${\sum_na_n (H - W + A) \psi_n}$$

「どういじったの不二子ちゃん?」 $${a_n}$$ を括弧の前に出したのよルパン。

行列は因数分解(というと少々不正確なんだけど)しちゃうと、前後の入れ替えをして掛け算すると、元の行列とは違うものになってしまうのよ。

こんな風に。

$${\sum_n (H - W + A) a_n \psi_n = \sum_n a_n (H - W + A) \psi_n - i \hbar \sum_n \dot{a}_n \psi_n}$$

$${H}$$ と $${A}$$ は変化しない(なにしろ基本設定だから)$${a_n}$$ が後ろにあろうが前に出てこようが影響は出ないのだけど…

$${W}$$ は変化するから $${a_n}$$ が後ろから前に移ると、つまり $${a_nW}$$ は $${Wa_n}$$ とでは、違う値になるのです。

こんな関係式になります。

$${Wa_n - a_n W = i \hbar \dot{a}_n}$$

これ、どうやって彼が導出したのかというと…

前年(1925年)にポールくんは $${pq-qp=iℏ}$$ という面白い数式を発見していて、そこから類推したようです。

$${a_n}$$ には $${t}$$ つまり時間変数が隠れているわけだから、それを微分して $${\dot{a}_n}$$ とすれば、値の変化を表す係数になってくれるであろう…

それから $${W}$$ も $${p}$$, $${q}$$にくわえ $${t}$$ が因数としてあります。こう記してもいいわけですよ $${W=W(p,q,t)}$$ と。

改めてこの式をじーっと見てみましょう。

$${Wa_n - a_n W = i \hbar \dot{a}_n}$$

名探偵ポール・ディラックは、おそらく

① 左辺の二つの項は同じ値にならない、
② $${p}$$ と $${q}$$ を $${W}$$ も $${a_n}$$ も内包している
③ $${pq-qp=iℏ}$$ がどこかで絡むんじゃないか?
④ さらには $${t}$$ も双方が内包している、
⑤ ということは $${\dot{a}_n}$$ と $${i\hbar}$$ の組み合わせで表せるに違いない・・・

…と推理して、上の等式をこしらえて、これを元にどこまでいけるかいくところまで行ってみようと 計算を積み重ねていって、とうとうアインシュタインの高みにまで駆け上がってみせた――

そんなところではないかなって私は推理します。

この後 $${n}$$ には相棒が現れます。$${m}$$ さんです。電子殻$${n}$$ に対して、違う電子殻 $${m}$$ が対峙して、電子くんのやり取りが始まります。

この最終路は長いよ~嶮(けわ)しいよ~、焦らず一歩一歩登っていきましょう!

  

つづく

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