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天才ディラック(24歳)の1926年論文を解読するのだ・最終節その7

今回で論文最終ページです。前回ぶんはこちら。数式はでてこなくて、テキストのみですので、日本語訳を作って貼ったほうがいいかな。


本理論は、放射の吸収と誘導放射を説明し、全偏光を表す行列の要素が遷移確率を決定することを示している。自発放射を考慮するには、原子の位置やそれぞれの放射の干渉を含むより精密な理論が必要であり、その効果は原子がランダムに分布しているか、結晶格子に配置されているか、または波長に比べて非常に小さな体積に閉じ込められているかによって異なる。最後の選択肢は実用的な関心がなく、理論的には最も単純であるように見える。

全ての初期位相で平均を取ることで単純なアインシュタインの結果が得られることに注意すべきである。しかし、以下の議論は、初期位相が実際に物理的な重要性を持ち、したがってアインシュタイン係数が特別な場合を除いて現象を記述するには不十分であることを示す。もし初期状態ですべての原子が正常な状態にある場合、式(29)は平均化過程なしで成立するため、この場合アインシュタイン係数は適切である。もし一部の原子が初期状態で励起状態にある場合、これらの原子が時間 t = 0 前に入射放射によってその状態にされたと仮定することができる。その後の入射放射の効果は、初期の入射放射との位相関係に依存する必要があり、問題を正確に扱う方法は、両方の入射放射を単一のフーリエ積分に分解することである。もし初期の放射を計算に明示的に現れさせたくない場合、その放射が原子に特定の位相を与え、その位相が後の放射の効果を決定するために重要であると仮定しなければならない。したがって、これらの位相で平均化することは許されず、式(28)から直接計算する必要がある。

ChatGPT に「論文文体で訳してちょ」と指示したら、ほんまにそういう文体で出力してきました

それはいいとして、ポールくんの総括、私なりに語ってみませう。

この十年前、アインシュタインがB係数を提示したときも、その実用性についてはあまり期待していなかったようですが、後にレーザー光線の原理として高く評価されることになります。

ディラックもそういう実用性については当時イメージしていなかったようですね。彼は終生、簡素な数式に落とし込めるかどうかを重視するひとだったから。

上に載せた、第5節(最終節)の総括文、現代の私たちが目を通すと、やや神経質にすぎるなポールくんと感じてしまいます。彼は数式を慎重に繰り出していって、ようやくアルくんのB係数を導出してみせたわけですが、この慎重な議論から漏れるケースが存在する、つまりB係数にうまく収斂しきれない場合があると、そう述べています。

波動関数の絶対値の二乗が、電子の存在確率を示すとする、マックス・ボルンの主張は、ポールくんのこの論文より四か月後になって上梓されます。このボルン説に則れば、ポールくんが懸念したケースについてもB係数にすべて回収されることになるので、こんなに神経質にならず、論文のラストでおまけ的にちらっと自分の議論の穴を吐露するまでもなく締めくくれたことになりますね。面白いですね史学的に。

もうひとつ面白いなと思ったのは、シュレディンガーがこの頃すでに、もうひとつ方程式を論文(いわゆる第4論文!)で提示していたものの、ポールくんはそれを読んでいなかったらしいことです。

6月23日、チューリッヒの老舗学術誌に掲載されたものです。ドイツ語原文のものは見つからなかったので英訳版を紹介しておきます。

ここには今でいう「時間に依存するシュレディンガー方程式」が現れています。発見したシュご本人がこれを理解しきれないでいたのがうかがえる論文です。

ただ彼にも理解できていたのは、同年1月に提示してみせたほうの方程式(今でいうシュレディンガー方程式)が、時間の進みを想定していない静的なものだったのに対し、今度のシュ方程式は時間の進みとともに波動関数が変化していく、動的なものだということでした。

ポール・ディラックはいうまでもなく、今でいう「時間に依存しないシュ方程式」は知っていました。いろいろいじって遊んで、シュ以上にこの方程式に馴染んでいました。そして、原子における電磁波の放射と吸収という現象について思索していくにつれて、それが時間の進みを計算にいれるべき研究テーマだと気づいていったようです。

エルヴィンなシュレディンガーくんが時間の進みを扱う方向に自分の方程式を発展させていった過程と、ポールくんが時間の進みを自分の研究のコアに据えていくことになったのは、同じ時代の子ゆえだったといえそうです。

それから念押しすると、この頃のポールくんは電子について粒子とイメージしていたのがよくわかる論文でした。マックス・ボルンの確率解釈を先駆ける議論をしていながら、マックスくんと違って彼はあくまで統計解釈に留まりました。

「十円玉が百枚あって表が出るのはおよそ 50枚、裏が出るのがおよそ 50枚」という風に考えるのが統計解釈で、「十円玉が一枚あって、そのうち 0.5枚は表。裏が出るのは 0.5枚」と考えるのが確率解釈、と説明すればピンとくるでしょうか。

アインシュタインくんも「十円玉が百枚あって~」の議論をする方でした。B係数の算出も、そのスタイルでなされたものでした。ポールくんもそれを踏襲してこの論文の第五節を綴っているのが、解読するとよくわかるです。

しかし、量子力学はこの後「十円玉が一枚あって、表が出るのは 0.5枚で~」の方向に進歩していくことになります。このヴァージョン・アップ前夜に記された論文というところです。

旧ヴァージョンの Windows の性能をその限界まで活かした、若き天才(24歳)の量子力学論文。


冒頭から振り返っていきましょう。次回につづく!


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