天才ディラック(24歳)の1926年論文を解読するのだ・その5
⇧この続きを語ろうではありませんか。全17頁の論文の、ようやく五ページ目であります。
対角化の必要を訴えてきますポールくん。
「対角化ってなんやの~」 ん~、行列を扱う時、扱いやすくするための定番ワザですわ。
興味のある方は「線型代数」と書名にある書物に当たってください。対角化のありがたみが語られています。
この技を使うと、こんな式を導出できます。
$${W\psi _{n}=W_{n}\psi _{n}}$$
$${W\psi _{n}}$$ は数値定数(numerical constant)つまり物理量です。ハイゼンベルク一派の行列力学における無限行列の各成分が物理量を表すわけだから、それに対応するものとして $${W\psi _{n}}$$ があるよん、と。
すでに確定した事実であるかのようにポールくんは述べていますが、論文のこの時点では本当は確定していないわけです。ディラックの論文が読みにくいのは、論文の終盤でようやく確定する(少なくともそういう風に結論付けてくる)ことがらを、しばしば前倒し的に語ってくるところにあります。
そのため読み進めながら「なんでいきなりそう言い切るねんワレ」と問い詰めたくなること、しばしばです。百年ほど未来にいる私たちですらそうなのだから、論文発表当時は、よけいそうだったと想像します。
ここもそうです。"Let 𝑥 be any function of the dynamical variables that does not involve time explicitly, and put $${x\psi _{n}=\sum _{m}x_{mn}\psi _{m}}$$ where the $${x_{mn}}$$’s are functions of the time only." ($${x}$$ について、時間を明示的に含まない動変数の任意の関数とし、$${x\psi _{n}=\sum _{m}x_{mn}\psi _{m}}$$ と置いて、$${x_{mn}}$$ は時間の関数であるとする)
どうしていきなりそう切り出すねんポール!
さらにこう切り出してきます、すでに正解はぼくには見えているんだという感じに。
"We shall now show that the $${x_{mn}}$$'s are of the form $${x_{mn}=a_{mn}e^{i\left( W_{n}-W_{n}\right) t/n}}$$, where the $${a_{mn}}$$’s are constants, as on Heisenberg’s theory."
($${x_{mn}}$$ が $${x_{mn}=a_{mn}e^{i\left( W_{n}-W_{n}\right) t/n}}$$ の形式で表され、$${a_{mn}}$$ が定数であることを、ハイゼンベルクの理論に則って示していこう)
ようやく出てきますたヴェルナーの行列力学への具体的言及宣言が。彼(とそのお仲間たち)が作り上げた、わけのわからない無限行列と、本論文のここまででポールくんが準備していった行列が、同じ形してまっせーの検証が、この後始まります。
つづくのだ