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拝啓、山椒魚
山椒魚は喜んだ。
やっとこの暗澹の中から抜け出せるのだ。時を重ねても重ねても暗く、出口の見えないその黒の中から光を見つけて飛び込んだのだ。
山椒魚は喜んだ。
「ああ、なんて明るいのだろうか。」
一面真っ黒の岩屋の中から出た彼にとって、外の世界の明るさは眼前を真っ白に塗り替えた。
今まで居た世界とは真逆の世界。しかしすぐ裏側にあった世界。賽子の一の面と六の面のような世界。
山椒魚は喜んだ。
肌を模るように流れていく温かい光の風。
この身体を優しく撫でながらヒラリヒラリと散歩する花弁たち。
身体が細胞の底から元気になっていく。太陽が微笑む、けれどどこか湿っぽい春の晴れた午後2時のような時間が、彼の歩幅に合わせて隣を歩んでいくような、そんな世界。
山椒魚は生きた。
頑張って生きて、必死に生きて、一心不乱に生き抜いた。
山椒魚は、耐えた。
広くも狭い岩屋の中で、暗澹とも言える黒い世界の中で、耐えて、堪えて、絶えた。
そして彼は、これまでの生の中で一番の勇気を振り絞り、その世界から翔んだ。
これまで生きた、生の時間を思い返す気もなく、ただ翔んだ。
間違いなく、初めての飛翔。
間違いなく、初めての痛み。
間違いなく、最後の痛み。
空から見る。
無惨に潰れた顔は布で覆われ、どこの誰なのか見当もつかない彼の手を握り、しんしんと涙を流す母を見て、山椒魚は喜んだ。
この時初めて、彼は自分がその世界で生きていたことを実感できたのだ。
嬉しかった。泣いてくれる存在が、1つでも在ることが。
母のその涙が、自分が必死に生きていた証拠であり、意味なのだと、彼は喜んで眺めていた。
視界が霞む。
「ここでも欠伸は出るのか。」
彼は、その瞳に滲む涙を欠伸としか考えられない。
山椒魚はそれから幾年と、止まらない涙を流した。
いや、もうこの瞳に映らない母を想い、欠伸をし続けた。
「もし、あの時。」
そんなことを思いながら、山椒魚は皮肉のような欠伸をし続けた。
この文中の山椒魚は、果たして両生類でしょうか。
この文中の岩屋は、果たして住処でしょうか。
そもそも、この文中の山椒魚は山椒魚でしょうか。
ここまで読んでくれてありがとうございました。
ゴールデンウィークだっていうのに暗い話でしたごめんね。