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猫を詠む
私は猫という生き物が大好きだ。
中でも実家で暮らしている猫への気持ちは好きでは収まらず愛している。
私がこんなにも猫へ愛を捧ぐ理由として、猫よりも小さい身体の頃から一緒に育ってきたこと、あまりにもフワフワなところ、かわいいところ、心が悲哀色の時に限って寄り添ってくること、いくら愛を伝えても何食わぬ顔でご飯を食べ始めるところ、かわいいところ等、挙げるとキリがないくらい沢山の理由がこの底なしの愛情を創っている。
どこかで読んだことがある。猫という生き物は愛される為に神に生み出された生き物だと。
私はこれを本気で信じている。人間という失敗の溝を埋める為に生み出された愛の化身。神の傑作である。失敗の溝を埋める為に生み出されたというと申し訳なさ過ぎるが、そう思えても仕方ない程に愛を生み出してくれている。
最後に、最近「猫は過ぎたことを引きずることなく、うれしかったことだけを積み上げて生きていく」という言葉に出逢った。
これこそ、私たち人間が幸せに気楽に生きていく為に必要な考え方ではないのだろうか。
こうなると「猫は人間という失敗の溝を埋める為に生み出された生き物」と言ったこともあながち間違いではないのかもしれない。
私たちに無いもの、或いはどこかに無くしてきてしまったものを持っているのが猫たちなのかもしれない。
だからこそ私たちはこんなにも猫という生き物から離れられないのかもしれない。
愛すべき猫たちへ
私は貴方たちが大好きです。いつまでもそのマイペースさをこの世界に拡げていって下さい。
ただ、何故でしょう。
私は、もし生まれ変われるとしても、猫は選ばずに、またこの愚かな人間を選ぶことでしょう。
全くどうしてここまで馬鹿なのか。
愚かなる人間より