文字が絵画になるとき:現代絵画における文字の扱い方

コンテンポラリー・アートの領域には、文字を主題にした絵画が複数存在する。しかし意図を素早く正確に伝えるための道具である文字は、ずっと観続けてもらおうとする絵画と正反対の性質だと言えるので、あまり相性は良くないはずだ。では優れたワード・ペインティングを描くアーティスト達は、言語と視覚言語をどう組み合わせて絵画に落とし込んでいるのだろう?

結論から言えば、彼らは文字を色んな意味で読み難くすることで、鑑賞者の読みたい・理解したいという欲求に火を付けている。以下では彼らの実践例を挙げながら、多種多様なワード・ペインティングの面白さについて考えていきたい。

エド・ルシェ Ed Ruscha
相互干渉する言語と視覚言語

ルシェは看板画やタイポグラフィへ強い関心があり、フォント・色・サイズなどによって言葉の印象操作をできると良く知っている。そこで彼は文字の描き方によって意味を変えたり、風景画に文字を書き込むことで印象を歪める、といった実践をおこなってきた。

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Pay Nothing Until April (2003)では、スクリーンセーバーやカレンダーに使われそうな風景画の上に、「4月までは一切支払わない」という他愛のない話し言葉が描かれており、言葉とイメージのちぐはぐさからジョークのようなおかしみが感じられる。
無意味な組み合わせだが、それでも鑑賞者は言葉とイメージの間に何か関係性を見つけ出そうと、ついつい画面をじっくり観続けてしまうことだろう。

機能不全の広告デザインが好奇心を刺激し、奇妙な鑑賞体験を生み出す。これがルシェ作品における絵画的魅力の源泉だ。


グレン・ライゴン Glenn Ligon
読めない文字で語られる抑圧の歴史

グレン・ライゴンは黒人作家として人権問題をテーマに表現し続けているアーティストだ。彼の作品は一見すると詩的で寡黙な印象を受けるが、実際には視覚言語を駆使して多くの事を語っている。

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Stranger #62 (2012) では、ジェイムズ・ボールドウィンのエッセイ Stranger in the Village(村のまれびと)が引用されている。
これはボールドウィンがスイスの田舎の村を初めての黒人として訪れた際の体験記であると同時に、アメリカにおける黒人差別を比喩的に描いたテキストなのだが、黒のオイルスティックでステンシルされた肝心の文章は潰れてしまってほとんど読むことができない。

しかし、その読みにくさこそが彼の本当に表現したいことなのだ。社会の中で抑圧され、無視され、届かなかった黒人の言葉。その状況がこれ以上ないほど分かりやすく物質的・視覚的に表現されている。

クリストファー・ウール Christopher Wool
挑発的な難読性

クリストファー・ウールのワード・ペインティングはあまりにもシンプルだ。キャンバスやアルミ板に文章や単語がステンシルされているだけで、画面はとてもフラットである。それでも絵画的な鑑賞:じっと観続けてしまう状態を生み出せてしまうのがウール作品の凄いところだ。

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Apocalypse Now (1988)では、映画「地獄の黙示録」に出てくる手紙の内容が引用されているが、史上最悪の文字詰めと改行位置のせいでスムーズに読むことができない。文章をなぞる視線の流れも直線的ではなく、画面上を行ったり来たり戻ったり、通常ではありえない複雑な動きを強いられる。 

それこそがこの作品を絵画たらしめている要素だ。「読めるかな?」という挑発に乗って、鑑賞者はついこの作品をじっくりと観続けてしまう。

サミュエル・ジャブロン Samuel Jablon
言葉の裏の感情を描く

サミュエル・ジャブロンのワード・ペインティングは印象派だ。言葉の裏にある複雑で微妙なニュアンスが、色彩とストロークによって巧みに表現されている。その見た目は抽象画だが、感情の質感や心象風景などの非物質的なモチーフを描いた具象画にも思えてくる。

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テキストが主役でありながら、最初に色面の方に目が惹かれるのも特徴的だ。Kcuf (2019)ではまず、デ・クーニング的な激しく荒れ狂うイメージが目に飛び込んでくる。そのあとで鑑賞者は、画面内に溶け込んでいる裏返しのテキストを脳内で読み解き、ジャブロンの言いたいこと:Fuck (クソが)を改めて理解する。言葉を裏返すことで、文字通り言葉の裏側にある感情を前景化して表現することに成功しているのだ。

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No Bad Days (2021)には「悪い日なんてない」と楽観的な言葉が書かれている一方で、鑑賞者の眼にまず映るのは画面を覆う不穏な炎だ。心の中に不安と恐怖を抱えながらも、建前上は前向きな言葉を吐く。極めて2021年的な作品だ。



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