前衛絵画としてのウォーホル作品 その2:全てを受け入れ、作品化する
ウォーホル作品における偶然性
ウォーホルはシルクスクリーンを使うことによって、反復・並列配置・色彩の対比といったミニマルな抽象画のアイデアを具象画に導入できるようになったが、シルクスクリーンがもたらした恩恵はそれだけではない。ポロックが探究していたような偶然性も、具象画に導入できるようになっているのだ。
リアルな具象画を手描きする場合、許容できる偶然性には限度がある。何を描いているのか分からなくなってしまうからだ。もちろんデ・クーニングのような荒々しい筆致で半抽象画を描くことは可能だが、リアリティと偶然性はほとんど二者択一で、両立困難なのは間違いない。
しかしウォーホル作品の場合、写真から制作したシルクスクリーンの版によって最低限のリアリティが保証されているので、塗りが雑でも、はみ出していても、版がズレていても、奇抜な色の組み合わせでも、リアルな具象画として成立させることができる。
本来、複製技法は全く同じイメージを量産するためのものであり、エラーは極力排除しなければならないが、ウォーホルがシルクスクリーンで制作しているのはあくまでも絵画である。
そのためむしろ、エラーは絵画らしい味わい深さとオリジナル作品としての再現不可能性を生み出すプラスの要素として歓迎されている。つまり、同じイメージをエラーなく複製するための道具であるはずのシルクスクリーンが、エラーを効果的に取り込みながら無限のバリエーションを生み出す道具として使用される、という反転が起きているのだ。
ポロック作品との相違点
偶然性によって選択肢を無限に広げていったウォーホルだが、ジャクソン・ポロックは対照的な方向に向かっていったといえるだろう。
ポロックは床に敷いたキャンバスに絵具を飛び散らせ、滴らせ、叩き付けるドリッピング技法で大型絵画を制作した。
手と筆が直接画面に触れることはなく、最終的な描画は宙に舞った絵具と重力に任せられていた。
この発想は当時において画期的であり、また完成した絵画も素晴らしかったが、後にポロックの作風は行き詰まりを見せてしまう──豊かなバリエーションやアイデアの展開を生み出せなかったのだ。
彼のドリッピング技法は、どんなに制御困難な描き方でも、満遍なく何度も繰り返し塗り重ねていけば全体が平均化されて安定・調和する、という前提に基づいている。
それは、何度でも良い絵を描ける一方で、全部似たような絵画になってしまう、バリエーションを生み出すのが困難な技法でもあったと言えるだろう。
ポロックは画面を具象的に切り取るカットアウトや白黒への単純化などいくつかのスタイルを試したが、技法そのものを根本的に変えることはなかった──すでに評価されている技法を捨て去ってまで、全く新しいアイデアに挑戦することができなかったのだ。
作品の制作手法を制作する
一方でウォーホルは、モチーフ、色彩、塗り方などの諸要素を組み換え、偶然性を取り込むことで、シルクスクリーン絵画に無限のバリエーションを生み出していた。
具象画に抽象画のアイデアを導入したが、後年になると今度は自分の具象画のアイデアを抽象画に応用し始める。知的で崇高で内省的な印象を与える抽象画を、ポップアート的な大胆な手法で制作してしまうのだ。
例えばshadowsシリーズは、何もない空間を撮影した写真をシルクスクリーンで刷った絵画であり、抽象と具象、両方の性質を併せ持っている。
ポップアートと正反対の抽象画:カラーフィールド・ペインティングは、大きな画面にただ奥行き感(光と影、色彩の揺らぎ)を表現し、鑑賞者の視界を包み込む。遠近感を喪失させることで不思議な浮遊感を与え、瞑想的な鑑賞体験を生み出す。
そういったスピリチュアルな感覚を与える絵画を、ウォーホルは文字通り中身のない、スカスカな空間の写真を使って再現してしまう。この作品はポップアート的手法で無や死を暗示する抽象画を制作すると同時に、その空虚さを告発しているとも解釈できる。
最晩年のカモフラージュ絵画は、モチーフが抽象的な模様の組み合わせであるため、裏表上下左右、どのような向きでシルクスクリーンを刷ってもカモフラージュ絵画として成立する状態になっている。
更にはひとつのパターンから一部を切り取って拡大し、別の新たな絵画を生み出すことも可能だ。ただでさえ自由度の高かったシルクスクリーン絵画の柔軟性は、このシリーズで最大まで引き上げられたと言えるだろう。
本来は何かを環境に溶け込ませ、見つからないために開発された軍事的なパターンが、強烈な色彩の対比を生み出して人々の視線を集める、という真逆の用途に利用されているのも皮肉である。
その他にもウォーホルは、銅の混じった金属塗料を塗ったキャンバスに尿をかけ、化学変化させることでポロック的な画面を生み出す 酸化絵画、心理分析に用いられていたロールシャッハ・テストの抽象模様を超特大サイズで生成した ロールシャッハ絵画、木製の箱にシルクスクリーンを刷るという平面的な作業だけで食器洗い用洗剤入りスチールウールの輸送用パッケージの具象彫刻を生み出す ブリロボックスなど、説明しきれないほどの様々な作品形式と作品制作手法を発明している。
ウォーホルの制作理論は、どんなモチーフでも受け入れて絵画化できてしまうだけでなく、偶然性も受け入れ、彫刻や映像といった異なる作品形式も受け入れていたのであった。
(その3へ続く)
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