前衛絵画としてのウォーホル作品 その1:抽象画的発想によって描かれた具象画
アンディ・ウォーホルの作品解説は世の中に無数に存在し、ウォーホルの発言、思想、評価のされ方、人間関係、現在のオークション価格など、様々な情報を知ることができる。
だが、それらを読んでもいまだに納得できず、こんな疑問を持つ人もいるのではないだろうか:ウォーホル作品は本当にいい絵と言えるのか?大衆に媚びた結果、人脈やメディアの力で実力以上の評価を受けているだけではないか?
しかし結論から言えば、ウォーホルが極めて革新的なアーティストであったのは間違いない。そもそも彼が扱っていたモチーフは、新聞や雑誌といったマスメディアから引用した、ありふれたイメージが多かった。
またその制作方法も、複製技法であるシルクスクリーン印刷の応用である。つまり、当時のアート界隈では低俗で無価値で使う意味がないと思われていたものばかりを使って魅力的な絵画を制作し、なおかつその価値を認めさせているのだ。
ウォーホルが新たに絵画へ導入したアイデアが、これらの矛盾を乗り越えてしまうほど画期的だったからこそ、彼は死後35年以上経った今も多くのアーティストに影響を与え続けている、と考えた方が自然だろう。
では、ウォーホル作品を構成している中心的アイデアとは何なのか?あくまでも主観的な解説ではあるが、ここでは大きく3つに分類して考えていきたい。
1.抽象画の方法論を応用して具象画を制作している
2.偶然性(無作為性、乱雑さ、失敗)をプラスの要素に変換している
3.作品の制作技法をいくつも制作している
まずは、ウォーホルがどのようにして同時代の大衆文化と抽象画のアイデアを作品の中に取り入れたのかを考えていこう。
絵画の並列配置
ウォーホルにとってアーティストとしてのブレイクスルーとなったのは、1962年の展示:Campbell’s Soup Cans である。
そこでウォーホルは、当時キャンベル社が製造していた32種類のスープ缶をイラスト調の手描きで再現し、棚に乗せて一列に配置した。(現在はグリッド状に配置して展示されることの方が多い。)
ホワイトキューブが導入されて以降の絵画は、個々の作品を独立したものとして鑑賞させるため、適切な離隔を空け、展示作品数を絞って展示するのが一般的だった。
しかしウォーホルは複数の作品をひとまとまりの作品として鑑賞させたのだ。その鑑賞体験は、スーパーマーケットの中で大量の商品を見比べながらどれを買おうか考える際の体験に近いものだった。
だが、ウォーホルの作品が大衆文化だけに影響を受けていると考えるのは早計だろう。なぜならその時期、ミニマルな抽象画の領域でも同じ要素を反復・並列配置するアイデアが探究されていたからだ。
特にシルクスクリーンを導入して以降の展開を見ると、ウォーホルはエルズワース・ケリーの抽象画のアイデアを具象画に応用していると考えることができる。
実際にウォーホルは絵画を始める前の1950年代前半にケリーのスタジオに訪問してインスピレーションを得ており、その後も何度かケリー作品からの影響を公言しているのだ。
エルズワース・ケリー作品
ウォーホルがアートをはじめる前に観たとされている Colors for a Large Wall(1951)において、エルズワース・ケリーはランダムに選んだ色で塗った正方形パネルを64枚制作して並べ、ひとつの作品として展示した。彼は色彩とその配置を自分で設計しなくても、手仕事の痕跡を残さなくても、視線があちこちに惹きつけられるような賑やかなリズムを画面上に生み出すことができる、と提示している。
この視覚効果はパネル間に多少の距離があっても成立するので、例えば Red Yellow Blue III (1966)やColor Panels for a Large Wall(1978)のような作品では、壁面や空間全体をひとつの作品として鑑賞することができる。
抽象画のアイデアの応用
ウォーホルはシルクスクリーンを使用することで、ケリーなどの抽象画家が探究していた反復と並列配置の視覚効果を効果的に具象画へ導入できるようになった。仮に手描きで同じイメージを反復していたなら、単に手間と技術が必要になるだけでなく、陰影のグラデーションが色彩の対比を弱めていただろう。しかしシルクスクリーンならば、3~5色程度の色彩同士を衝突させ、強烈な視覚的インパクトを生み出すことができる。
ケリーはシンプルな要素の組み合わせだけで何ができるだろうか、という観点から絵画について探究していたが、ウォーホルは色彩とイメージの間に相互作用を生み出す方法についても探究している。
例えばMao(1973)では複数の毛沢東の肖像画が、全て同じ版によって描かれている。だがそれぞれの絵画は、色彩の組み合わせによって全く印象が異なる。ある絵画はプロパガンダで描かれるような神格化された人物に感じられるが、他の絵画からは、文化大革命や大飢饉から連想される暴君としての側面が想起させられる。
この様にしてウォーホルは、ひとつの作品内でイメージを反復したり、複数の絵画をひとつの作品のように扱ったり、色彩の相互作用でイメージの印象を変化させたりと、抽象画の方法論を具象画に導入するアイデアを開拓していった──具象画的な技法や考え方をほとんど使わないままに。
(その2へ続く)
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