その1:抽象画的発想によって描かれた具象画
その2:全てを受け入れ、作品化する
ここまではウォーホルの作品(ほんの一部だが)について分析・解析をおこなってきたが、最後にウォーホル作品の背景にあった価値観やアイデンティティについても触れていきたい。 以降は主に、Jennifer Sichelが2018年に発表した論文、‘Do you think Pop Art’s queer?’ Gene Swenson and Andy Warhol の内容に基づいて説明していく。
まずはウォーホルの代表的な発言を引用してみよう。
I think everybody should be a machine みんな機械になるべきだと思う
I think everybody should like everybody みんながみんなを好きになるべきだ
こういった発言から、ウォーホルは無感情で、即物的な合理主義者で、大量消費社会を全面的に肯定している、と解釈されることが多い。 それもあながち間違いではないと思うが、これらの発言から重要なニュアンスが削除されていることも忘れてはならない。ウォーホルが、自分のポップアート的方法論とクィアとしてのアイデンティティを強く結びつけて考えていた、という事実である。
言葉から削除されていた文脈 ウォーホルの有名な言葉のいくつかは、1963年にARTnewsに掲載された記事:What is Pop Art? Answers from 8 Painters(ポップアートとはなにか?8人の画家の回答)から引用されたものであるが、近年になって記事の元になったインタビューの録音が発見され、実際には同性愛に関するかなり踏み込んだ会話が展開されていたことが判明した。その多くは記事になる段階で切り取られ、省略されたため、ウォーホルの発言のニュアンスは少なからず歪んだ状態で伝えられていたのである。
前述の言葉も、同性愛についてどう思うか?ポップアートとはなにか?ポップアートはクィアなのか?といった直球の問いに対して、以下の会話の流れの中で間接的かつ曖昧に応答したものだった。
Warhol:No it can’t be like that, can it? Well it has to be something like the idea that, uh, uh… that all Pop artists aren’t homosexual. And it really doesn’t… you know… And everybody should be a machine, and everybody should be, uh, like… いや、そんなわけがない、でしょう?そう、もっと違う考え方でないと、えっと、えー、、、全てのポップアートティストは同性愛者ではない、というような。実際にそれはそうだし、、、そしてみんな機械になるべきだ、そして誰もが、まるで、、、 Swenson:I don’t understand the business about—if all Pop artists are not homosexual, then what does this have to do with being a machine? なんの関係があるのか分からないな──全てのポップアーティストが同性愛者ではなかったとしても、それでなぜ機械になる必要があるの? Warhol:Well, I think everybody should like everybody. えっと、僕はみんながみんなを好きになるべきだと思う。 Swenson:You mean you should like both men and women? つまり、男と女の両方を好きになるべきだ、と? Warhol:Yeah. そう。 Swenson:Yeah? Sexually and in every other way? そうなの?性的にも、他のいろんな意味でも? Warhol:Yeah. そう。 Swenson:And that’s what Pop Art’s about? そして、それがポップアートだということ? Warhol:Yeah, it’s liking things. そう。なにかを好きになるということだ。 Swenson:And liking things is being like a machine? なにかを好きになることが、機械のようになる、ということ? Warhol:Yeah. Well, because you do the same thing every time. You do the same thing over and over again. And you do the same… そうだね。えっと、なぜなら人はいつも、それと同じことをやっているから。それを何度も繰り返している。そして同じように、、、 Swenson:You mean sex? それってセックスのこと? Warhol:Yeah, and everything you do. そう、そして人のやること全てだ。 John:Without any discrimination? 一切の区別なく? Warhol:Yeah. And you use things up, like, you use people up. そう。そして、ものを使い切るように、人も使い切る。 Swenson:And you approve of it? 君はそれを受け入れるの? Warhol:Yes. [laughing] Because it’s all a fantasy… そうだよ。(笑)だってすべてはファンタジーなんだから、、、
この発言をざっくりと超訳してしまうなら──機械のようになりたいとは、あらゆるものを区別せずに受け入れること、同じことを何度も繰り返すこと である。ウォーホルにとってはそれが、ポップアート作品の制作とクィアとしての生活、両方に共通する理想だったのだ。 ウォーホルは自分のセクシャリティを作品にほとんど反映しなかったと考えられていたが、実際にはすべてを区別せずに受け入れる というポップアートの根幹を成すアイデアに、彼のアイデンティティは深く反映されていたのである。
ウォーホルの与えた影響 ウォーホルはこれらのアイデアによって絵画の作品形式を開拓し、また新たな価値観をアートの世界に導入していった。 彼が強い影響を与えたのは、具象画よりも抽象画の領域だと言えるだろう。抽象画における知的な作品形式の探究と、ポップアートの大胆かつ自由な発想の融合は現在も進行中である。
特にウォーホルの影響が強く見られるのがクリストファー・ウール とウェイド・ゲイトン だろう。 また、2010年代に流行したゾンビ・フォーマリズム の画家達もウォーホル的な発想の系譜にあるといえる。
現代絵画はまだアナログとデジタルの中間的な表現を探究している段階にあるが、今後はデジタル画像が持つ特性、無限の複製可能性についても探究が進むだろう。 NFTはデジタルデータに代替不可能性を与えようとしているが、ウォーホルが複製技法であるシルクスクリーン印刷を絵画の制作に活用したように、デジタルデータの複製可能性を反転させて、複製不可能な作品を生み出す方法が発見されるかもしれない。