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【意訳】無益なうえに高額な未来のアート、NFT

クリップソース: 原文

The Future Is Not Only Useless, It’s Expensive

In the end, we're all bored apes

※英語の勉強のためにざっくりと翻訳された文章であり、誤訳や誤解が含まれている可能性が高い旨をご留意ください。
もし間違いを発見された場合は、お手数ですが 山田はじめ のTwitterアカウントへご指摘を頂けると助かります。

Jasmin Merdan/Moment/Getty ImagesDan Brooksetheredumb12.20.2021

古いスマホのロックを解除して未来の予感と可能性を受信する──現代生活で繰り返される行為のひとつだ。デジタルテクノロジーがグローバルカルチャーを統合していくペースは加速しており、昔の人なら魔法に感じたであろう世界へと我々を連れてゆく。その未来体験の残念な点は、魔法の新世界が間抜けに見えてしまうことだ。間抜けと言っても、単純で些細なものという意味ではない。なぜなら大抵の新テクノロジーは縮み上がってしまうほど理解困難だ。価値の捏造とまではいかないが、よく言えば無駄、悪く言えば積極的にイラつかせてくるという意味で間抜けなのだ。例えばハムスターが鍵盤の上を駆け回る、世界で最も先進的なシンセサイザーのように。
NFTは私をこんな気持ちにさせる:この未来のアートは無益なうえに高額だ。いま、審美的・精神的にとても貧しい文化が世界を変えるテクノロジーを手にしている。ならば我々はいま、何か意義あることを成す方法を思い出すため、少しのあいだ焚き火を囲って語り合うべきではないか?

ひとつの例を挙げさせてほしい。2021年12月のはじめ、ショーン・オノ・レノンは世界中のコミュニティと一瞬で繋がれるその力を利用して、33.1万人のフォロワーに向けてこうツイートした。

“第1世代のデジタルウォッチみたいに不愉快な、子供向けの可愛いNFTに飽きたなら、Skullxの上質で本格派のNFTを手に入れる時だ。心臓が弱い人にはオススメしない。別世界から来た手描きのデジタル・デーモンだ。”

このツイートを見た当初、レノンは風刺の天才だったのか!と彼を見直したが、次第に恐ろしくなってきた。どうやら、おふざけではない様子だったのだ。SkullxNFTは実際にNFTを発表し、レノンも熱心に宣伝しているように見える、、、少なくとも実際に宣伝していたのだが、充分な社会性を持った成人男性が、叫んでるガイコツの画像を“本格派と捉えている”なんて考えられなかった。だがそれは実際に販売中であなたも買える。多くのSkull NFTはそこまで高額ではなく、0.015 ETH(約61ドル)程度だ。

イーサリアムはご存知のように暗号通貨である。男友達から、それが何なのか説明された経験があるかも知れない。NFT、つまりノンファンジブル・トークン(代替不可能通貨)は別のアプリケーションであり、暗号通貨管理のブロックチェーン技術を用いている。
基本的にNFT化された画像の売り手は、それに対応する常に1人しか所有できないトークンを生成する。これはビットコインが所有権を1人に限定する方法と同じだ。つまり、NFTの象徴性と信頼性はブロックチェーンによる取引記録のドキュメンテーションによって生み出されており、それは一つのサーバーに保存されるのではなく、ブロックチェーン・プロトコルに参加している全ての仲間たちに分散されている。
これが、希少性が生まれる状況を作ってデジタル画像に所有権を与えるアイデアである。人々が前述のイケてるガイコツのコピーを所持して、私のようにどこかにペーストしたとしても、あなたはその画像にお金を払ったことを明確に主張できる、という意味でNFTを“所有”している。また、後からその主張権を誰かに売ることもできる──その画像が意義深く、重要で、金になりそうだと考えている人へ。
これがNFTの所有権の仕組みである。誰もが自宅で画像をコピペできるが、証書上の所有者名はコピペできず、その記録の館を焼き尽くすこともできない。なぜならみんながその記録のコピーをPTPネットワーク上に持っており、セーラームーンのHなポスターの横にある自宅PCからそこにアクセスできるからだ。

この一般化には偏りがあるだろうが、NFTにはすでに美学のようなものが存在している。完全に同じではないが、全てが特定の欠点を共有しているのだ。
それらは全て違って見えたとしても、全部が同じ様に酷い。彼らの今やっていることは全て酷いと言いたくなるが、正確にはアメリカ的美的感覚の一部の系譜が、この20年間ずっと酷かったのだと言うべきだろう。
NFTはVapeストアにいる兄ちゃんでも理解できるように作られた視覚表現で、ガイコツのモチーフが覇権を握っている。ゲームに用いられる視覚言語が大げさに展開されており、まるで外に出たことのない人が発明したロマン主義のようだ。
NFTには攻撃性と倦怠という2つの思春期的テーマがある。例えば、ボアード・エイプシリーズの幾つかは現在30万ドル以上の価値がある。そこには人間の服を着た退屈そうなチンパンジーが描かれている。

ボアードエイプの全てが、明らかに同じテンプレートで制作されている。チンパンジーを斜めに捉えた肖像画は同じ形の鼻、頭部、耳を持っているが、イヤリング、開いた口、無精ヒゲ、レーザーアイなどの様々な装飾を組み合わせてバリエーションを生み出している。
このように、ボアードエイプは大人が若者を見たときと同じ感覚を与える。つまり、みんな同じなのに髪の色や服によって自分は唯一無二だと宣伝しているように見える。
NFTが持つこのような思春期的感性、成長過程の魂が持つ価値を表現しようとする傾向は、美的感覚だけでなく社会性にも関連している。

“アクティビズム・プラットフォーム”を自称し、マイクロソフト・ペイントで描いたようなジョージ・フロイドの肖像画に様々なコスチュームを着せて販売しているフロイディーズについて考えてみよう。
これは侮辱目的の皮肉ではなく、ただ見当違いなプロジェクトなのだと思いたいものだ。近年の暴動を受けて、なぜこんな画像を売ろうと思えるのか理解に苦しむが、それを買う人の芸術的感性は更に理解不可能だ。このNFTは、アートや美的感覚に全く関心が無いまま取引されている気がする。豚肉取引業者がみんな豚好きという訳ではないのと同じように。

視覚芸術を全く尊重していない商品のとんでもない盲目性を、レノンが宣伝した画像が証明している。彼のツイート上のガイコツは、最初の2つは気にならないが、3つ目に関しては歴史上の問題を帯びている。ナチス風のガイコツなのだ。
レノンは最高レベルの教育と社会的リソースに触れてきたと思われるが、彼はこの画像を見てこう考えたのだろうか?“黒いトレンチコートを着て羽根付きの革帽を被ったこのガイコツ、めっちゃイカしてるけど何か意味あるのかな?まぁいいや、、、稼ぐで~!!”
最初は面白いと思ったが、後からとても憂鬱な気分になってきた。
ショーン・レノンは46歳だ。“子供向けの可愛いNFTは〜”という間抜けな偽善を例えるなら、ペッパピッグを観ている子供を笑いものにした中年男性が、代わりに成熟した大人向けの本物のアートを見せてやろう、と言いながらバットマンが“ファック”と言っている画像を出してきた様な感じだ──ここにコンテンポラリーアートのトレンドとしてのNFTの問題点が全て詰まっている。

このテクノロジーは新しいから興味深い。だが参加者全員に審美眼が欠けているためコンテンツはガタガタだ。それはまるで、写真という分野全体が、ジョージ・イーストマンがシャツを脱いで日本刀を持っている写真だけで構成されているようなものだ。
そして未来のツール:NFT、Memoji、実存主義的恐怖を煽るメタバースがとても醜く退屈に見える理由は、それを作っている経済とテクノロジーの専門家達の未熟な内面世界が反映されているためだ。
視覚的な暗号通貨であるNFTアートは、コンピュータープログラマー達の社会に対する曖昧な認識と、ヘッジファンド・マネージャー達の感情的な気まぐれが融合している。まさに、PC上で扱える新しい通貨に脳の処理能力を完全に奪われてしまった人達に向けたアートなのだ。

また、NFTは明らかにねずみ講である。販売可能な商品は必要だし、無限に更新されていくが、商品そのものは重要ではない。なぜならNFTに使い道はないからだ。
そもそもすべてのアートには使い道はないが、そのイメージを手に入れることで、自由への道を探し求める飢えた魂に栄養を与えることはできる。
一方でNFTの使い道の無さというのは、使用済み切手、レシート、破れた封筒のそれに近い。
NFTはアートを装った商業活動である。これは、21世紀において有意義だとされている人生経験の多くが、実際には生活を装った消費活動であるのと同じことだ。

以上が私のNFTに対する印象だ。とはいえ、読むのを途中で止めた人もいるだろう。それはレノン本人ではなく彼のフォロワーの一人かも知れない。“ショーン・オノ・レノンの親父は歴史上最高のバンドのひとつ、ザ・ビートルズのジョン・レノンだ。” と1.5倍速で彼についてスラスラ解説してしまう様な人だ。その人は SkullxNFTを美術史の中で最も美しく感動的な作品として体験したはずだ。同列に並べるのはモナリザとアベンジャーズ:エンドゲームぐらいだろう。
こういった人は、イーロン・マスクやマーク・ザッカーバーグ、ボアードエイプ・ヨットクラブが描く未来に大きな幸せを感じている。その未来では、世界中の人々が個人向けアバターを使ってバーチャルワールド上の社会的地位を競っている。最終的には、存在しないものに対しても希少性を生み出す方法が見つけ出されるだろう。
彼らはスマホの電源をつけてイーサリアムの価格をチェックするのが毎朝待ちきれない。未来は良い方向に向かっていると感じていて、そのコンテンツは彼らの想像と全く同じになっていくだろう。つまり、トラヴィス・スコットのInstagram、エロ画像、アサシン・クリードに似ていく。
未来は彼らの手に委ねられている、なぜならそれに喜んでお金を払うからだ。彼のような、人間の服を着た退屈そうな猿はまだ沢山いる。


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