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タクシードライバー

夜の12時を回った頃、私は天神周辺を走行していた。しばらくしないうちに大通りに若い男女が私にむかって手を挙げた。
今日は金曜日。彼らの足の向きと立ち姿の距離感で彼らの関係のおおよその予想がついた。

男は乗り込んですぐ、行き先の駅名を伝えた。
「Y通りを通って、南口に着くようにしますね」
私は男に伝えると、男は私の言葉を受け取ることもなく生返事をした。私は車を走らせた。

男は女に、いかにもこれから何も起こらないということをアピールするような口振りで、自分の家の内装や、構造について話していた。しかしそれは寧ろ彼女に不信感を与えているようにも思えた。女の腑に落ちない返事で同じものを察したのだろうか、しばらくして男は自分から話すことをやめた。

2人を拾った場所から目的地までは信号の待ち時間を入れて約15分ほど。さほど遠くもないし、この時間ならもう一度繁華街の周辺で客を探すのもいいだろう。そう考える一方で、この後ろの女性は男にとってどんな人物なのか、ふと気になってきた。信号が赤に変わり、暫く2人の無音続いた。
そのことが少しばかり私の自制心を緩め、視線をミラーへ向かわせた。

それは刹那のことであったが、女の何かを諦めた虚ろな感情が私の瞳のなかに侵入してきた。そこに悲しみや喜びといったものは忘れ去られ、あるのは冷ややかな傍観だけだった。彼女の瞳は、これから捌かれるまな板の上の魚を思い出させた。
彼女の若い肉体と魂は今横にいる男に貪られ、犯され、また朝がくると捨てられるのだろうか。或いはそれは逆なのかも知れない。

駅に到着し、2人は降りた。男は女の手をとって歩みを進めた。
刹那に見せたあの瞳の中の暗闇は街灯によって隠され、2人は夜の陰に溶けていった。

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