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【短編小説】 真夏の通り魔 〔後編〕

「行ってきまーす」
お母さんの返事を聞かずに玄関から飛び出す。

今日の朝ごはんもいつもと変わらない
目玉焼きとご飯と味噌汁。
「学校に行きたくない」という気持ちは
毎日親にバレないように過ごせてるつもりだ。

あぁ、そういえば
昨日帰り道に見たあの黒い人はなんだったんだろう
熱中症で頭がおかしくなってただけかなと思い
考えるのをやめた。なんか気持ち悪いし。


遅刻せずに学校に着いた。
それだけで偉い。
いじめに負けずに通うだけで偉いのだ。


ーガララ。
教室のドアを開ける。
一歩踏み出そうとした瞬間、
何とも言えない凍てついているような雰囲気を感じた。
いつもとは全然違う教室の空気に、
周りを見渡せないまま体が固まる。


確かに開ける前はみんなの声が廊下にまで響いていた。
私が取っ手に手をかけて入ろうとした瞬間に何が起こったのか。
じわじわと体に緊張が走っていき、鼓動が早くなる。

ただ、歩かないと
自分の席まで辿り着けない。
下を見ながら1ミリも動いていないみんなの間を通り抜け、
自分の席にやっと座る。

この不気味とも感じれる雰囲気は何なんだろう。
恐る恐るみんなの顔を見上げる。

ぎょっとした。
1ミリも動いていなかったクラスのみんなは
瞬きもせずに私をずっと見ていたのだ。
何が起こっているの..何も理解ができない。
それらは人間の形をした機械のように見えて本当に鳥肌がたった。


私はもう一回視線を机に落とす。
と、同時に学校のチャイムが鳴り先生が入ってきた。


あぁ、この風景先生が見たら私がいじめられているのに気づいてくれるかな。
淡い期待を抱いていたが、
先生が教壇につき点呼をとる時にはもう
クラスの全員がお利口に席に座って
笑顔で先生の方を見つめていた。


一体何なの。
あの一瞬で全員席に着いたってわけ?
昨日あの黒い人に会ってからおかしな世界に入ってしまったのかな。
またぐるぐる頭の中で考える。


「13番〇〇、14番〇〇、15番かなこ!」
点呼の順が私に回ってきた。
「はい」
浮かない声で返事をした。
途端みんなが小さい声で笑っているのが聞こえてきた。
どうして笑うの..。精神がおかしくなりそうだった。


無事に3時間目まで終わり、
今日はこのまま何事もなく終わるだろうと思っていた時
いきなり教室の後ろから花瓶の割れるような
『ガチャン、パリ、パリ』と耳に痛い音が聞こえてきた。

誰か落としたりでもしたのかなと後ろを振り向く。
..誰もいない。

そして誰一人片付けようともしない。
私が行かなくちゃいけないのか。
スッと席から立ち、みんなの視線を感じながら
ほうきとちり取りを持ち、床を綺麗に掃いていった。

「何の音だー」
めんどくさそうに眉間に皺を寄せている先生が来た。
チラッと私を見てすぐため息をつく。
「せんせ、私..片付けているだけで」
喋っている途中でもう一度ため息が
聞こえたかと思ったらバタンと大きい音を
立てながら扉を閉め、また職員室に戻っていった。

心が痛い。今まで受けてきたいじめと今日のものとはレベルが違う。
昨日の夕方を境に本当に私はどうなってしまったんだろう。

ここに居ちゃいけない..そう思った。


またみんなの笑い声が聞こえる。
私はもう耐えられない。
涙が出そうになるのを必死に唇の裏を噛んで耐え
鉄の味がしてきた時、足元にある割れた花瓶もお構いなしに
私は気づいたら使われていない埃かぶった用具室に駆け込んでいた。


教室にいた時と違ってうまく息ができない。
もう涙がぼろぼろ出て、止まらない。

身体も痺れるようにジンジンしててもうむしゃくしゃする。


やっと具合が落ち着いてきた頃
私は、自分が背持たれていたラック棚の後ろ側に
誰かがいるのに気がついた。
また心臓がドクッとする。
泣いてたの聞かれちゃってたかな。
いや、私を追いかけてまたいじめに来た人かな..。

いいや、もしかしたら私と同じでここに逃げてきた人なのかもしれない。

恐る恐る棚の後ろに周りその人に近づいていった。
見た目は小さい男の子。
黒い服を着て黒い帽子を被っていて体育座りをしている。
私からは顔が見えない。
下を向いていて声をかけづらい雰囲気を感じた。

男の子は私の気配に気づいたのかゆっくりと顔を上げる。
帽子のツバからチラッと目が見えた。

瞬間、私は一歩後退りしてしまった。


こちらを見てきたのは紛れもない昨日の放課後、校舎の門の前に立っていた話しかけてきたあの男の人。
何で背が小さくなってるの、真夏に黒い服なのもやっぱ変、
もう..この人に会ってから私はおかしいことしか考えていない。

それと、昨日と比べていじめももっと酷くなった。。

あの時に学校で受けてきたいろいろないじめのことを
全て話してしまったのが自分が悪かったのか。
この人は私の心の闇につけ込んで
もっと酷い仕打ちを受けさせて
それを見物して面白がってるのか。


きっと悪い妖精さんなんだ。
私は「逃げないと」と思ってすぐにその場を離れようと扉に向かって行った。
この人に出会わなければ私は無事に
この学校を卒業できてたかもしれないのに。嫌い。
「もう、、2度と私の前に現れないで!!と、
心の中で叫んだ時。


「ぐすっ..。」
背を向けたばかりの私の後頭部に
鼻をすするような声がズシっとのしかかってきた。


泣いてる?なんであんたが泣くのよ。
天井を見上げ、なんとか気持ちを落ち着かせ
はぁっと大きいため息を吐くのと同時に後ろを振り返る。

鼻をすすったそいつはまた下を向き、
今度は肩を小刻みに揺らしながら
必死に声を押し殺して泣いているようだった。


そんな悲しくなるようなこと、私したっけ。
一気に罪悪感を感じる。


「ど、どうしたのよ」
さっきよりか話しかけるのに緊張感は感じなかった。

男の子の姿をしたやつはまたこっちを見る。
少し充血がかっているその目は涙をたくさんたくわえていて
今にも大粒の涙が一滴落ちてきそうだった。


視線を交わした時、私はなんとも言えないシグナルを感じた。

私の目の前の世界がグルンと誰かの視界と入れ替わり
勝手に音や景色が進んでいく。


夕方だ。目の前に女の子が見える。
これは….私だ!

昨日の放課後この人を見つけた時のシーンからそれは始まった。

一通り私からいじめの話を聞いた後、
『可哀想に。僕がなんとかしよう。
 この子がいち早く過ごしやすい生活ができるように。』
頭の中で男性の声が勝手にスラスラと再生される。
これは誰の気持ちなの、もしかして、
この人があの時に思ってたことなの..?


初めて「いじめられる側」の苦しい気持ちに
共感してくれる人と出会えた気がして
私はほんのちょっぴり嬉しさを感じた。


風景は変わり今日の午前中。
『このいじめを誰かに気づかせればいいんだ。』

教室の後ろにいても誰からも見られていないから、
この男性はやっぱり幽霊や妖精の類なのか…。
その人は迷いもなくランドセル棚の上にある花瓶を落とす。

『心優しいあの子なら花瓶を拾いに来るはず』

案の定ほうきを持ちささっと目の前に現れた私。

まだ言葉は続いた。
『担任の先生を呼んで教室に入ってきた時、
 この子に向けて発せられる暴言を
 通りすがりの校長先生の耳に入れ、
 この事の大事さを痛感させよう。』



そこまでで風景はストップした。
私は、いつも通りの視界に戻った後
男の子の姿になっているその人にもう一度目をやる。

まだ鼻をすすりながら目をうるうるさせている。
今日の朝からの全ての出来事はこの人が全部起こしてたってことなの。。
人生で初めて憤りという感情を知った気がした。

いや、でも。
校長先生がこのいじめを知ったからには
何も黙っておかないはず。
怒ってくれるだろうか。クラスのみんなや担任の先生を。。


「名前は..何。」
彼はきっと、私のために行動してくれたのだろう。
これでいじめを受けなくなるのなら私はとても嬉しい。
せめてでもありがとうと伝えようと思い、名前を聞く。


「…名前は無い。君が悲しんでいたからちょっと力を使ったんだ。」
名がないのはわかった。力のことが本当なら、
ここまで姿が小さくなっているのは
私のためにエネルギーを使ってくれたからなのか。
また一気に罪悪感と申し訳なさが出てきた。

この人のおかげで、あの魔のクラスから解放される。

つーっと涙が頬を伝うのを感じた。
「ありがとう。私を、守ってくれようとしたのね。
 ありがとう。。」

男の子の姿になったままの彼は鼻をこすり、
「わかってくれて良かった」と潤んだ目を
私に向けながら穏やかに口角をあげる。

優しい笑顔を向けられた瞬間から
足に力が入らなくなって、意識も一緒に遠くなっていった。
膝から床にへたり込んでいくのを感じながら、
「今まで頑張ったんだ。もう疲れた。ゆっくりしたい」
今まで思いたくても思えなかった言葉が
無意識に口から出ていく。

瞼も重い。
このまま寝れたら気持ちいいだろうな。
掃除されていない床にピットリと頬をつけ
脱力感を目一杯感じながら私はそのまま眠りについた。


「かな子..!かな子!」
瞼の裏から微かな灯りを感じると共に、
鼓膜に大好きなお母さんの声が響いている。


「どうしたの」
まだ視界が全く晴れないまま覚束無い手や足を動かし
自分が今どこにいるのか確認する。
ふかふかする。気持ちがいい。


「..先生、引っ越します。
 かな子がこんな目に遭っていたなんて。」
お父さんの声も遠くから聞こえてくる。
なんの話をしているの?
引越し..?

そのワードをやっと理解できた時、
一気に脈が速くなり意識もはっきり鮮明になった。

「なんの話!」
私は自分の体にかけられていた布団を
ガバッとめくりあげお父さんの方に一目散に駆けて行く。
私のせいだ。迷惑が、かかっちゃう..!

「かな子。ごめん。今まで気がつけなくて。」
息が上がっている私の肩にお父さんはゆっくりと両手を乗せ、
震えた声で謝ってきた。
何で頭を下げるの。

私にとっては面倒をかけたくないとずっと
隠していたことが親にバレてしまって気が気じゃない。
でも、でも…これでいいんだきっと。
一人で大きい問題を解決しようとしなくていい。
親に、もう全部委ねたらいいんだ。


こんなに心配してくれるなんて、本当に愛されてたんだな..。

後ろから静かにお母さんもハグをしてきた。
それからのことをあまり覚えていないのだが、
あれから私は部屋中にキンキン響き渡るくらい
大きな声で泣き続けたらしい。
そのあとはパタっとまた意識が飛んだとのこと。



何日後かに親に聞かされた話、
お父さんは一時期だけこの街に仕事の用があって、
でも単身はさすがに嫌だなと
家族全員でこちらに引越しをすることになったらしい。

結局は今回の仕事が終わった後(残り数週間後)に
また家を移ろうと考えていたらしいのだが、
学校の校長伝えに私がいじめられていた事を知り
それはいけないと早々に仕事を切り上げ
早めに引っ越しをし直すことに決めたんだと。

また、次の町での私の転入先はすでに決まっていて
お母さんが言うにはそこはとても生徒のコミュニティが良く
きっと気にいるだろうとのこと。


あの日、あの真夏の夕方に出会ったあの黒い人は
悪い妖精だと思ったけど、ほんとは
どこからきたのか誰も知らない
通りすがりの心優しい妖精だったのだろう。


まぁ、やり方はちょっと強引だったけどね?笑

荷物をまとめて引っ越し業者に渡す。
ついにこの街を出る日。

毎日下を見ながら通学していた道をふと横目に、
国道を車で走り抜けていく。
次の家へ向かっている途中、
校舎の前を通るよと教えてもらったが
私はあの暑い日に出会った
謎の男性をもう一度だけでも見れないかと
歩道の方をずっと見つめた。


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上達衣織|Kandachi Iori|小説家志望
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