【連載小説⑫‐2】 春に成る/エスプレッソ・マティーニ
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エスプレッソ・マティーニ(2)
「え、この後ですか?」
「はい、三人でマスターの為に、お酒作ったんです。飲んでいただけませんか?」
この時、マスターは、少し痩せて、座っている事が多くなった。長い時間は難しいと思った私達は、バーの開店前の一時間で飲んでもらおうと決めた。
今まで学んできた事、それだけじゃなく、マスターと過ごした時間を思い出しながら、私の気持ちを込めた。
エスプレッソを受け取り、敬がシェイクし始める。初めて見るであろう敬の姿を、焼き付けるように見つめるマスター。カクテルグラスに収まった茶色のお酒の頭には白い泡。その泡の上に珈琲豆を三つ乗せる。
「……どうぞ」
生まれたばかりの我子を見つめるようにした後、クッと口角が上がった。
「エスプレッソ・マティーニか。懐かしい」
口に含ませた後、目を瞑り、しっかりと体に染み渡らせるように、味わっているみたいだった。マスターの頬は、もっとふっくらしていた気がするという、いらない思考を振り払う。
目を開いて、三人を一人ずつ見つめた。
「美味しいよ、ありがとう」
目尻の皺が、より深く刻まれた。
それからしばらくして、マスターは入院する事になった。敬は考える時間を無くしたいと言わんばかりに、病院に行きながら、仕事にも、ますます打ち込んだ。
マスター不在の為、私ができる範囲のメニューを考えなくてはいけない。
「エスプレッソと、珈琲。軽食もあった方が良いよね」
「そういえば、那津君が『ウチの店の宣伝にもなるし、バームクーヘンとか、デザート出してもいい』って言ってくれてたよね」
「そうだ! 今日、その試食用のバームクーヘン預かってきたから食べよう」
「え、やった。美味しいよね、コレ。あ、ソースもあるんだ。つけてみようかな」
「……うん、いいな、珈琲にも合う。さすが那津。こういう形で持って来れるならテイクアウトもできるな。他は……オムライス、俺も流果も合格出したから出していい。あと、俺がいる時限定なら、ビーフシチューも出せる」
「あ、サンドイッチは?」
「……もう少しって感じかな」
「だな」
メニューを決めて、開店したものの、マスターが居た時より少ない人数の来店なのに、いっぱいいっぱい。そんな昼の『ベル』に、時々フォローに入ってくれる敬の体が心配になったけど、店の心配しろと一喝されてしまった。
『ベル』が休みの日には、お見舞いに行きながら、作った珈琲を持って行ったけど、回数を重ねる毎に、飲む量が減って、最近は香りだけになった。それなのに、マスターからかけてもらう言葉は的確で、凄さを改めて知る。
ある日を境に、しばらく面会は家族だけになってしまった。
雨が辛うじて残っていた木の葉を散らす。
※次回は番外編で流果視点の話を掲載予定です。(本編の次の話はコチラ)
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※「エスプレッソ・マティーニ」は絵が2枚あります。
※見出し画像は、ted2lasvegas様の画像です。素敵な画像を使わせていただき、ありがとうございました。
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