![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/118271439/rectangle_large_type_2_5dfedf9b94e046c24e9d6e973f1a8127.png?width=1200)
【連載小説⑫‐1】 春に成る/エスプレッソ・マティーニ
< 前回までのあらすじ >
流果はずっと遥を利用してたことを打ち明け、だから自分を気にすることなく思ったまま行動しろという。そう言いながら自分以上に辛そうな流果に困惑しながらも、流果に気持ちを打ち明ける。流果は、遥を抱きしめながら複雑な心境を打ち明けつつ、これからも一緒にいたいと言う。
※先に絵と詩をご覧いただく場合はコチラ
第四章 他
エスプレッソ・マティーニ(1)
「うん、普通かな」
「ふ、普通……」
「そりゃ、いきなりマスターみたいな味にはならないんじゃない?」
翌日、マスターに教えてもらいながら淹れた珈琲を飲んだ流果は、笑いながら素直な感想を言ってくれた。少し項垂れる姿を見て、マスターも微笑む。
少し荒々しくベルが鳴った。鳴らした本人は、言葉を失っている私達を無視して、流果の横にドカっと座った。
「もう、体調大丈夫なの? 相当飲んでたけど」
「……ハル一人に店、任せるわけにはいかないからな」
「店、続けるって決めたんだね」
「……大切な店、潰されたら嫌だろ」
「ふふ、そうだね」
「二人ともヒドイ……敬、何にする?」
「……珈琲。詳しくは分かんねぇから、任せる……流果、昨日、珈琲ありがとな」
「マスター! 珈琲、お任せでお願いしても良いですか?」
呆然と敬を見ていたマスターが現実に戻って、用意を始める。流果と話しながらも、初めて来店した昼の『ベル』を、どこか観察するような目で見ながら、珈琲を待つ敬。
奥のマスターの絵が、いつもより輝いて、なんだか笑っているみたいだった。
「……おまたせ、しました」
どこかぎこちないマスターの音。一口飲んだ後、目を醒ましたかのように、大きくした瞳。カップの中の珈琲を、まじまじと見つめていた。
敬には、どんな景色が見えたんだろう?
特に敬と言葉を交わすことはなかったけれど、マスターはキラキラしていて、いつもより笑みが深い気がした。
「流果、この後、予定あんのか?」
「いや? 特にないよ? どうかした?」
「……店、今日は空ける予定だから、寄ってけば?」
「……うん、じゃあ、そうする」
「え! お店開けるなら、手伝う?」
「はぁ? ハルはもう昼メインで入るんだろうが。さっさと帰って寝ろ」
そうか、もう夜のバイトに入る事はないんだ。少し寂しいけど、昼の『ベル』で頑張るって決めて、覚えることもいっぱいだし、私は私で進まないと。
「あ、サンドイッチ! 食べてもらおうと思って作ってきたから、試食お願い」
「ああ、この前食べれなかったもんね」
冷蔵庫から、サンドイッチを出す。
「可愛い形とピックですね。食べやすいように一口サイズになってるんですね」
マスターが微笑みながら覗き込む。三人が口に運ぶのを、手を握りしめながら見つめる。
「……まぁ、普通」
「うん、予想通りの味かな」
微笑むマスター。
「うぅ……」
私のメニューが店頭に出されるのは、もう少し先になりそうだ。
私が心配だという口実で、遅めの午後から敬はマスターに会いに来ている。会話は多くなく、ほとんど私か流果と話してはいたものの、なんとなく、二人共嬉しそうだった。
昼の『ベル』が終わり、マスターが帰った後、夜の『ベル』の客として少し残って、マスターに出すお酒について話し合う日々。
マスターに食事制限はなかった。つまり、余命が少ない為、好きなものを飲んだり食べて欲しいということだという。まだ全然信じられないし、何故か治ってしまった人もいると聞くし、マスターも、そうだと信じ込ませようとしている。
「親父、抗癌剤治療は受けないってきかなくて……医者が進行が早くなるって言っても、それすると、味が分からなくなるから嫌だって……俺は、親父が思ったように、すればいい……と思う」
強く握った拳に、たくさんの葛藤があったことが物語られている。進行が早くなるなんて絶対嫌だけど、もう、何も言えなくて、私も引き止めるように握る力が強くなる。
提供するお酒は『エスプレッソ・マティーニ』に決まった。名前の通り、エスプレッソが使用されるお酒だ。そのエスプレッソを作るという大役を任された。昼のメインである珈琲と、夜のメインであるお酒が合わさったメニュー。切手型ドリップ珈琲のパッケージになった、あの絵に込められた『二つで一つのお店』が形になったメニュー。私がしっかりしたエスプレッソを淹れれて、『エスプレッソ・マティーニ』をマスターに飲んでもらえれば、少し安心してもらえるのではないかと思うと力が入る。
一層力を入れてマスターから教えてもらう事に取り組んでいると、マスターが言う。
「基礎的なことはお教えしますが……このままの『ベル』じゃなくていいので、遥さんの『ベル』をつくって行って下さいね。メニューもオリジナルで」
マスター、そんな、居なくなった後のことなんて言わないで。時間がないみたいに感じてしまう。まだまだ、いっぱい教えてもらいたい。一緒に居たい。やめて、やめて。何気ない言葉が刺さって、溢れそうになったり、倒れかかっても、敬が、流果が、支えてくれた。
敬も時々、いつもの敬じゃなくなって、流果も私もできることをしたけど、役に立ててたらいい。そう思う気持ちが重なり合うように、地面が落ち葉で埋まっていく。
![](https://assets.st-note.com/img/1710214644524-SGQThRgABq.jpg?width=1200)
★「エスプレッソ・マティーニ」の絵と詩の記事はコチラ
※「エスプレッソ・マティーニ」は絵が2枚あります。
☆次の話はコチラ
※見出し画像は、西田親生@ICTdoctor・総合コンサルタント様の画像です。素敵な画像を使わせていただき、ありがとうございました。