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りんご音楽祭と安曇野と道祖神
0日目 深夜1時。移動
シルバーカラーのフィットの鍵を友人から受け取る。太陽光を燦々と浴び曖昧な光沢はグレーとアイボリーのグラデーションを描く。持ち主を今まで安全に運んできた自信と気迫に満ちた車体は哀愁が漂う。眠気を誤魔化し誤魔化す同乗者らの命を預かり、遊びのあるアクセルペダルに戸惑いながら、長野県松本市に向かって静かに踏み込んだ。
深夜1時、湿気が溜まり生ぬるい風が体にまとわりついていた。それは、多賀SAでも尚まとわり続けた。
お土産売り場にて、恋人が私に問う。
「羽二重餅と信玄餅どっちがいいかな?」
「羽二重餅は餅米の品種だからただの餅、信玄餅はブランドだから信玄餅の方が優位性がある」
「…?」
「…?」
(羽二重餅は福井県の銘菓のようで。羽二重糯(餅米)を使った菓子だと勘違いしてディスコミュニケーション)
車は走り続ける。米原を超え岐阜まで来ると、山の濃厚な香りと湿った冷気が鼻を突いた。眠気に襲われ、長野県手前のSAに立ち寄る。用を足し、人気の無い手洗い場で腕を大きく振って手に残る水分を落とすと、「ヒヤッ!」という小さな悲鳴に強い不快感を交えた目線が、私に刺さった。目を伏せて小走りにその場を後にする。
朝になりきらない夜のかすかな明かりが、少しずつ大気の温度を上げていくのを肌で感じ鳥肌が立っていた。
りんご音楽祭 1日目
野外の音楽フェスに参加しなくなって久しい。念の為軽装且つ寒さ対策も万全にして挑む。手ぬぐいやスカーフを頬被りするお洒落なお姉さん達に目が行き、いくつも或るステージに目が回り、何とか眠気に襲われる事なく1日が終わる。奇妙礼太郎、歌うまい。
りんご音楽祭 2日目 朝食と童夢
ホテル近隣のシェアサイクルスタンドで無骨なママチャリを借り、朝食へ向かう。
店内に入ると、すでに2組が席で料理を待っていた。山がお好きな店主のセンス溢れる小物や蔵書に心が奪われる。着席して目に入ったのは単行本版の大友克洋『童夢』。全集版が出版され話題だが、数日前に見たYouTubeで触れられていたことを思い出し手に取る。
そそくさと、白米とみそ汁と小皿のAセットと自家製ベーコンエッグ、ホット珈琲を注文し、『童夢』を読み始める。刺激的な描写にベーコンエッグを詰まらせながら、世界観にずるずると引きずり込まれ、心拍数と血糖値はどんどん上昇。ホット珈琲をちまちま飲みながら、最後の頁と数頁前を3往復した末、気が済んで本を閉じる。
呼吸が少し荒いまま、店主が立つキッチンを横目にお会計を済ませ、外に出る。3〜4組ほど待ち人がいた。
(後日談 健康診断で心臓 不整脈[B 経過観察]と診断される)
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りんご音楽祭 2日目
全農長野の100円りんご山盛りブースから、シナノピッコロを購入。近年ニーズの高い小粒果樹品種の類いだろう、成人女性の片手に収まる小ぶりなりんごを前歯でついばみながら
(顎関節症である)
山の中に溶け込む音楽に体を揺らした。MOROHAで泣いた。
3日目 安曇野ひとりドライブ旅
午後の仕事に向けて早々に帰る恋人を見送り、私はレンタカーを借り安曇野を目指す。安曇野をアドノと読み間違えていたことをここで知る。
(滋賀県では安曇(アド)川と読むからね!)
北アルプスの山々を背景に、峰から届くひんやりと冷たい風、そこに息づく人々の暮らしの風景は異国の情緒すらある。
1.穂高神社
海なし県にて海運の神様だと知り、古代信州の歴史に思いを馳せる。ここで、この街はやけに道祖神が多いことに気付く。
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2.大王わさび農園
人間の環境制御栽培真骨頂。わさび栽培は、黒マルチで千鳥植え、水温は13度。
坂上田村麻呂軍の東北侵攻で、倒された地元の大王の胴体が埋まる塚があった場所だそうで、御霊を鎮める信仰も残る。ここもやたらと道祖神が多い。
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3.ツルヤ穂高店
オリジナルブランドの食品を求めて。地元の紳士淑女に混じりながら鼻息荒く売り場を駆け巡る。ワイン売り場、ジャム売り場、ドレッシング売り場は何周したことやら。
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4.松本城
安曇野で蕎麦を食べ、松本に戻り国宝松本城へ。レンタカーの返却時間、帰りの特急電車の乗車時間にヒリつきながらも戦の城を堪能する。
靴を脱ぎ入城。およそ昔のままの内部は、鋭角で段差の大きい階段、天守に向かうにつれ細く狭くなる空間に、年配の観光客の方々が悪戦苦闘する。旦那様にお尻を押され、上の階から腕をひっぱられ、「こりゃ攻めるの難しいわ」と感嘆の声が漏れる。
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3日目 帰路
朝8:30に松本を出発し、北アルプスを望むひとりドライブ旅は、16:00レンタカー返却にて完結する。ツルヤでお土産を買い尽くしていたので、後ろ髪を引かれることもなくホームへ向かうことができた。特急しなのにて、ビールでも飲んでやろうと意気込んでいたが、ツルヤの戦利品で溢れかえる両手に諦めがつき、そのまま仕方なく眠ることにした。
安曇野 道祖神信仰
自称街散策愛好家ビギナーとして、マンホールの絵柄と土着信仰を見落とさないよう目を光らせていたお陰で、安曇野の至る所に鎮座した道祖神について関心が高まる。
調べてみると、単体の市町村では日本一の数のよう。信仰の高まりと材料となる花崗岩が調達しやすい土地という条件も相まった背景だと読んだ。
Amazonで『あづみ野道祖神物語』を買うか買わまいか悩みながらお買い物リストに入れ、今回の旅を締めくくることとする。
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参照https://www.city.azumino.nagano.jp/uploaded/attachment/4779.pdf
ー市の推奨に則って、次回安曇野散策は道祖神めぐりを画策しよう!