かしまし幽姫:かしまし幽姫と学校の怪談 其ノ四
『笑う音楽家』は、全員、お露ちゃんに〈ビジュアル系バンド〉へと路線変更された。
『見つめるモナリザ』は、お岩ちゃんから「テメ、何ガンくれてんだ? あぁん?」と凄まれて失禁した。
『走る人体模型』は、新たに〈お岩部隊〉へと徴兵された。
斯くして、残る『七不思議』は本命入れてふたつのみ。
とりあえず怪異のみなさん、ごめんなさい……と、謝っておくお菊ちゃんなのでした。
で、三階女子トイレ──。
「此処だね」と、わたしは引き締まる。
「結構キレイなトイレじゃねーか?」
「ですわね。まぁ、公共トイレが吐き気と忌避感を誘発するほど汚いのは昭和時代。いまどきでは、ずさんな公園ぐらいなものですわよ」
「ふぅん? んで、変態は何処だ?」
「いえ、まずは盗撮カメラの在処を特定しませんと……」
「変態退治に来たんじゃないよ! 二人共!」
「「え? 違った?」」
本気で首傾げたわ、このロクデナシ×2。
「そうじゃなくて! 目的は〈トイレの怪〉でしょ!」
「確かに〈怪〉だよな……本来の用途通りなのに、何故、大きい方すると蔑視扱いされんだろうな?」
「いいえ。それよりも『どうして出す場所で入れるのか? 便所飯問題徹底討論!』ですわ」
「違うよッ?」
何しに来たの? この二人?
と、不意に、か細く嘆く声が聞こえた!
「開かないよ~……開かないよ~……」
どうやら右から三番目の個室トイレだ。
って、アレ?
このパターンって、もしかして……?
「ぅらあああーーーーっ!」
蹴破ったーーッ!
何の躊躇も無く蹴破ったーーッ!
このガサツ幽霊ーーッ!
「おう! 開いたぞ?」
いや、快活な笑顔で「開いたぞ?」じゃないから!
然も〝人助けした充足感〟みたいに酔ってるけど違うから!
トイレの片隅で〝おかっぱ女の子〟が、ガタガタ恐々と怯えてるから!
それ〈トイレの花子さん〉だから!
アイデンティティーを木っ端微塵に破壊された〈花子さん〉は、顔を覆ってシクシクメソメソと泣き濡れた。
「グス……グス……もう〈オバケ〉が出来ない……グス……」
いや、あの……とりあえずゴメンね?
ウチの破天荒がゴメンね?
だから、そんな「もう、お嫁に行けない」みたいに泣かないでくれるかな?
罪悪感がハンパないの。
「んだよ? そんなメソメソすんなよ? たかがトイレの一個や一万個が壊されたぐらいで?」と、悪びれずに耳の穴かっぽじるガサツ幽霊。
一万個って……どんだけ破壊本能満々よ。
「ひどいです! トイレは、私の〈家〉なんです! 私の存在はトイレと共にあるんです! 私、トイレに依存してるんです!」
はい、イヤな表現を頂きました。
思いっきり語弊のある表現を頂きました。
「やはり便所飯!」
「どんだけ、そのネタ気に入ってるのッ? お露ちゃん!」
「ま、いいや♪ 」
良かないわよ、ガサツ幽霊。
誰が脱線の発端だと思ってるのよ。
「んで、オマエ名前は?」
「この子〈花子さん〉だよ!」
思わず声を張り上げるわたし!
やっぱり把握してなかった! このガサツ幽霊!
「花子? レトロチックな叙情を感じるいい名前じゃねぇか。昭和風情を思い出すねぇ……フッ」
何故か含羞んだ苦笑に浸っていた。
あ、たぶんコレ理解してない。
「仮に現代風で漢字を宛がうなら〝春菜娘〟ですわね」
「無理矢理キラキラネーム化しなくていいから!」
「アタシだったら〝覇儺虎〟だな」
「それ、暴走族の宛字!」
何言いだしてるの? この二人?
それこそ、どうでもいいわよ!
「あのね、花子さん? わたし達、ちょっと理由あって〈学校の怪談〉に直談判して回っているの」
「グスッ……グスッ……理由?」
「そうなの。とりわけトイレに出没する──」
「「──覗き魔を」」
「違うよッ?」
どんだけ引っ張るの! その誤認!
「ほら、あるじゃない? 同じ〈トイレの怪〉なら花子さんも知っていると思うけど『赤か? 青か?』ってヤツ」
「丁か! 半か!」
「チキン・オア・ビーフ?」
「違うよッ?」
いちいち脱線に入って来ないでくれるかな?
ガサツ幽霊&色情霊?
「で、それに本気で怯えている子供達がいて……だから『もうやめてくれないかなぁ?』って」
「それ、無理ですよ!」と、すぐさま花子さんは語気強く反論した。「だって、私達は〝人間を怯えさせる事そのもの〟が存在理由なんです! それを『人間が怖がるからやめろ』なんて矛盾、身勝手過ぎます! コッチにしたら死活問題です!」
うん、だよね。
わたしだって「皿を数えるな」って強要されたら、納得できるワケないもの。
「それに、私達〈トイレの怪〉は、他の妖異とは殊更違います! トイレという至福の閉鎖空間で、快適に怯えさせるのが総てなんです! トイレで泣かせる以外に無いんです!」
ごめん。
それは、ちょっと分からない。
語弊と誤認が遠慮無く混在してて、どこから手をつけていいか分からない。
妖怪なのか変質者なのか不良なのか分からない。
「でも、このままじゃ、みんな怖がって、誰もトイレに来れなくなるよ? そうしたら……」
「教室内が垂れ流しになっちまうぞ?」
「そうしたら、パン●ース着用登校になりますわね」
「違うよッ?」
何なのッ? この二人ッ?
何で、いちいち脱線の流れを挟むのッ?
「それは……私にしても商売あがったりですけど……」
この子、いま「商売」って言わなかったかしら?
「実際、私も柔らかく釘を刺した事はあるんです」
「え? そうなの?」
「はい。最近の利用者数減少傾向は〈全国トイレの怪運営委員会〉の会長として、ちょっと見過ごせないかなぁ……って」
トンでもない役職持ってた!
でもって、意外と大局的な視野で深く考えてた!
「そもそも、おかしいですよ! トイレって、本来は〝する場所〟であり〝してもいい場所〟なんです! それなのに〝する〟と、みんなで〝汚いもの〟を見るかのように蔑笑するなんて!」
……うん?
何言い出したの? この子?
変な熱を帯び始めたんだけど?
「これじゃ可哀想です! トイレが!」
ああ……利用者じゃなくて、あくまでもトイレ目線なんだ?
っていうか、変な流れになってきてない?
わたし、何で『トイレの主張』を聞かされてるの?
「最近は利用者の質も落ちてきて……トイレは〝するところ〟であって食堂じゃありません! それに食いこぼしやゴミ! 誰が片付けていると思っているんですか!」
「え? 誰って……トイレの掃除当番じゃないの?」
「そうですよ!」
そうだった。
まさかの正解だった。
何を熱弁しているの? この子?
何がしたいの? この子?
ヤバイ!
このままだと延々『トイレの主張』に巻き込まれかねない!
未体験の恐怖に強張ったわたしは、背後の二人へギィィと振り向いた。
連動的にギィィと顔を背けたわ、この鬼畜×2。
含み笑いを圧し殺して。
助け船ぐらい頂戴よ!
「それに、私だって迷惑しているんです! トイレで妖異が起きると何でもかんでも『花子さん』『花子さん』って括られて……私、そんなに多方面に手を出してません! 私は『開かないよぉ~』一筋でやってます! それ以外の商売はやっていません!」
言ったよね?
いま「商売」って言ったよね?
このあと、わたしは『トイレの主張』を一時間も聞かされた……。
恐るべし! 怪談『トイレの花子さん』!