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松下幸之助と『経営の技法』#175


8/8 明文化

~力強い活動を続ける上で、規則や心得を明文化し、かみしめることも大切である。~

 規則も何もない。決められた事柄もないという姿で事がスムーズに運ぶならば、それは理想的ともいえよう。しかし、実際にはなかなかそうはいかない。だから、そういう理想に近づく過程においては、やはり、お互いに期するものをもち、自らを律しつつ、そして努力して目標を追求していくといった姿が望ましいであろう。そういうところにこそ、充実感も得られ、また力強い活動も生まれて、好ましい成果を得るという姿もあらわれてくるのではないだろうか。
 そういう意味からいって、1つの集団、1つの会社が、好ましい姿で力強い活動を続けていくためには、やはり何らかの規則、決まり、心得といったものをはっきりと明文化して、それをお互い1人ひとりがくり返しかみしめていくことも、非常に大切なことの1つだと思うのである。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 松下幸之助氏は、経営のために規則が必要、という結論を導き出していますが、問題はその規則の性質や中身です。3つ目のポイントから、順番に検討していきましょう。
 1つ目のポイントは、経営モデルです。
 すなわち、一方で、従業員には経営者の指示命令を忠実に遂行する能力だけが要求される経営モデルがあります。一部のワンマン会社やベンチャー企業などに見受けられます。これは、例えばニッチな市場を作り出し、社会に認知してもらう時期などに有効な経営モデルです。カリスマ的な存在感のある経営者の手足となって組織が活動すれば、組織の一体性が確保され、突破力があるからです。
 けれども、一体性を重視する経営モデルには、いくつかの限界(壁)があります。詳しくは、7/10の#146をご覧いただきたいですが、①大きさの限界(経営者が、全案件全従業員をコントロールしようとするから)、②質の限界(経営者の発想と異なる発想が認められないから)、③時間の限界(経営者の人生は有限だから)等があるからです。
 他方で、松下幸之助氏は、かなり早い段階からこれと異なる経営モデルを導入し、実践してきました。これは、従業員の自主性と多様性を重視し、どんどん権限を委譲していくモデルです。市場の変化に柔軟に対応することを可能とし、上記①~③の限界も克服できるのです。
 ここでの発言も、この経営モデルが背景にあります。それは、「規則も何もない。決められた事柄もないという姿で事がスムーズに運ぶならば、それは理想的ともいえよう。」という、冒頭部分のコメントです。ここでの「規則」「決められた事柄」の意味を、一体性を重視する経営モデルの指示命令と同じ意味であると考えれば、従業員が自主的な活動に全てを委ねてしまえる状況を理想としていることがわかります。
 2つ目のポイントは、規則の必要性です。
 上記の1つ目のポイントの説明から、自主性や多様性を重視する経営モデルの場合には、これと一体性を重視する経営モデルは矛盾するように見えますが、そうではありません。7/8の#144等も見ていただきたいですが、バラバラでは組織でなく、組織の力を活用できませんから、一体性を確保することも必要です。むしろ、最低限の一体性があることが前提に、自主性や多様性をどこまで導入できるのか、という「程度」問題であり、経営者の「バランス感覚」の問題と見るべきです。
 ここでの発言も、両者のバランスが重要という認識を前提にしています。それは、「1つの集団、1つの会社が、好ましい姿で力強い活動を続けていくため」に規則が必要、と説明しているからです。組織の力を発揮するためには、やはり一体性や突破力が必要であり、そのことを「好ましい姿」「力強い活動」という言葉が表現しているのです。
 3つ目のポイントは、規則の内容です。
 特に、慎重に読み取るべきは、規則の内容です。これを、一体性や突破力を重視する経営モデルでの規則と同じような、経営者からの一方的な内容の規則と考えるべきではありません。
 それは、「お互いに期するものをもち、自らを律しつつ、そして努力して目標を追求していく」ための規則だからです。つまり、自主性の延長にあるものが、規則です。どのようにそのような規則を定めていくか、という規則作成プロセスについての言及がありませんが、少なくとも規則の内容として、従業員全員が共有するものであり(お互いに期するもの)、自ら進んで遵守しようと思うべきものであり(自らを律するもの)、自分自身の目標でもあること(努力して目標を追求する)を、明らかにしています。
 この意味で、1つ目のポイントで指摘したような、冒頭部分の「規則」と、その意味が異なります。経営者の指揮命令を忠実に遂行するための、経営者の意向を反映したものではなく、従業員たちが共有する価値観や共有する理想を形にするものだからです。
 例えて言うならば、上から与えられるルール=外から枠をはめるルールと、自分達で作るルール=求心力を高めるルール、というイメージに近いと思われます。これは、「お互い1人ひとりがくり返しかみしめていく」という言葉から理解できます。常に皆のベクトルと自分のベクトルがあっていることを確認し、理想を確認し、モチベーションを高めよう、ということになるからです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、従業員の自主性や多様性を重視する経営モデルを採用するのであれば、経営者には、従業員の自主性と組織の一体性を両立させる能力が重要であることが理解できます。松下幸之助氏が、ある時は従業員の自主性を強調し、ある時は組織の一体性や規律を強調することについて、これを矛盾として捉えるのではなく、より高次のレベルでこの両者のバランスを取りながら、両者を両立させていくことが重要なのだ、という理解をしましょう。
 さらに、両社のバランスは非常に微妙な問題ですから、自主性や多様性が確保されているか、一体性が確保されているか、という問題について、経営者としては、下からの報告だけでなく、自分自身の皮膚感覚としても現場を把握しておく必要があるでしょう。

3.おわりに
 さらに、松下幸之助氏が、従業員のモチベーションを重視していることもわかります。これは、「充実感も得られ、また力強い活動も生まれて、好ましい成果を得るという姿もあらわれてくる」と表現しているからです。つまり、自分達の価値観や理想が共有され、さらに、それが少しずつ実現してくれば、一番最初に現れるのが「充実感」です。従業員それぞれのモチベーションがいちばん最初に位置付けられ、それが、会社全体の活気につながり、最後に成果です。経営のツールとしての従業員のモチベーションや職場の活気が重要であることは、経営学上も、リスク管理上(全従業員にリスクセンサー機能を果たしてもらうため)も明らかですが、事業の成功に至るプロセスとして、その起点に従業員の「充実感」を置いているところが、松下幸之助氏の描く経営手法であり、組織論なのです。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。


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