松下幸之助と『経営の技法』#84
5/9の金言
ある時は簡単明瞭に、ある時は丁寧に、受け入れてもらいやすい言い方をしたい。
5/9の概要
松下幸之助氏は、以下のように話しています。
短気な人や気の長い人、緻密な人やおおざっぱな人、理論派や人情家、など、人それぞれのもち味は皆異なる。しかも、同じ人でもその心は刻々に動いていて、千変万化である。
だから、同じことを言っても、ある人は反発し、ある人は喜んで聞く。同じ人でもその時の心の状態によって受け取り方が変わる。だから、自分の考えを伝えるときには、相手がどのような人でどのような心の状態にあるのかをよく知ったうえで、ある時には簡単明瞭に、ある時は丁寧に、受け入れてもらいやすい言い方を工夫する必要がある。
確かにこれは難しいことだが、常にこのことを考える癖をつけていくことが必要で、そこに1+1が3にも4にもなるという人間関係の妙味も生まれてくる。
1.内部統制(下の正三角形)の問題
まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
松下幸之助氏の言葉の意味ですが、常に相手に媚びへつらうことを意味するものではありません。これは、自分の意見を伝えるときの心構えを説明しているからです。相手に合わせるのではなく、自分の考えを相手に伝える際の意識の問題なのです。
この意味で見ると、会社の外とのコミュニケーションの問題と、会社内でのコミュニケーションの問題があります。
このうち前者は、取引先や顧客に話を聞いてもらうための基本であり、ビジネスマンとして当然のことです。会社経営に関係があるとすれば、取引先や顧客に対して、話を聞いてもらえるように工夫すべきことを教育し、スキルを高める施策を講じることが考えられます。
次に後者は、一般従業員の側の問題と、管理職や先輩の側の問題があります。
一般従業員の側の問題は、先輩や上司に話を聞いてもらえるように工夫しよう、ということになります。現場の声が上に上がってくるようにするために必要な能力です。リスク管理の面から見れば、リスクセンサー機能を高めるうえで必要、ということになります。
すなわち、会社を人体に例えた場合、体中に張り巡らされた神経が適切に機能し、痛さや熱さを感じとるだけでなく、それが神経を伝わって脳に届くことが大事です。言わば「ボトムアップ」の問題です。この、「伝える」機能のためにも、先輩や上司に話を聞いてもらう技術が必要となるのです。
他方、管理職や先輩の側の問題は、従業員に会社の意向や、上司としての指示が正しく伝わることが必要です。これは、会社が一体として動くために必要な指揮命令体系を維持し、実際に機能させるために必要、ということになります。リスク管理の面から見れば、リスクコントロール機能を高めるうえで必要、ということになります。
すなわち、会社を人体に例えた場合、目の前に現れたものを咄嗟に避けるために、脳が右に体を傾けるように指令を出した場合、体全体がそのように動くことが大事です。言わば「トップダウン」の問題です。この「動かす」機能のためにも、一般従業員に話を聞いてもらう技術が必要となるのです。
2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
投資家である株主と経営者の関係で見た場合、多くの意見を聞きながら十分検討し、適切な決断をすることが、デュープロセスの観点から必要である一方、組織が一体として動かなければ、組織である意味が無くなってしまい、事業が成り立ちません。「ボトムアップ」と「トップダウン」は、どちらが正しい、という問題ではなく、両者がともに必要であり、適用される場面が違う、という意味で整理すべきです。
この2つの組み合わせを表す言葉として、「衆議独裁」という言葉があります。
「衆議」は、決定プロセスに関し、多くの意見を参考にする、という意味であり、「独裁」は、実行プロセスに関し、組織の一体性を確保するために、指揮命令には従わなければならない、という意味です。
このように、会社組織や、実際に組織を動かす場面で、状況に応じた違いを理解し、適切に舵取りできる能力が、経営者の資質の1つと評価できます。
3.おわりに
#82 (5月7日)で、松下幸之助氏は、聞くことの大切さを話しています。そこでは、人の話を聞くことが話すことよりも大事、と話していますが、ここでは「話すことの大切さ」を話していますから、聞くことの方が大切だからといって、話すことを疎かにしてもいけないのです。
松下幸之助氏は、対立する2つの問題のいずれかが正しい、というよりも、両方について大事、ということが多く、両方の重要性を理解し、そのバランスを取ることが重要、ということでしょう。ここでも、話すことと聞くことの両方を大切にする、ということが背景にあるように思われます。
どう思いますか?
※ 「法と経営学」の観点から、松下幸之助を読み解いてみます。
テキストは、「運命を生かす」(PHP研究所)。日めくりカレンダーのように、一日一言紹介されています。その一言ずつを、該当する日付ごとに、読み解いていきます。
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