松下幸之助と『経営の技法』#179
8/12 借金と信用
~真面目な商売、賢明な仕事ぶりが信用になる。銀行も金を貸そうということになる。~
通俗的にいうと、銀行というのは金を預かるのも大きな商売だけれども、貸すのも大きな商売だ。だから商売人が絶えず物を売るお得意を探しているように、銀行でも絶えず金を貸すお得意を探している。そのお得意は貸した金をうまく利用して、儲けて、利子を付けて返してくれる、こういうお客が大事なわけだ。それを誰かが保証する――政府が保証するなり、神様が保証してくれれば、銀行は喜んで貸す。ところが政府も神様も保証しない。そこで、銀行は人間的な目で、それを探している。つまり私が金を借りられるのは、それを裏書きするものがあったわけだ。借りた金を大事に使う。だから商売を一所懸命に、真面目にやる。利潤が出る。借りた金に対して利子を付けて返す。そういうことをくり返していると、銀行はいやでも応でも貸さなければならなくなる。戦後の混沌とした状態の時でも、松下がこれからどうなるか予想もつかなかったけれども、戦前の仕事ぶりが1つの信用になった。あの男は戦前にこういう仕事ぶりでやっておった、戦後といえどもそう無茶なことはしないだろうということだった。その信用の範囲は、銀行である程度測定ができるわけだから、その範囲は貸そうということになる。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)
1.内部統制(下の正三角形)の問題
まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
ここで論じられていることのうち、銀行の融資業務に関する説明は、改めて解説するまでもないでしょう。銀行に限らず、信用を供与する業務は、相手の信用を評価するのです。
ここでは2つの点に注目しましょう。
1つ目は、戦前の仕事ぶりが、戦後の信用判断で考慮されている点です。
戦後の経済状況や経営の現場がどのような状況だったのか、私には現場感が全くありませんが、貸す方も借りる方も、全く基準も何もなかった時期だったはずです。資産どころか、人材も、取引先もなくなっており、金利だけでなく、貨幣価値そのものも、どのように変動するかわかったものではありません。
そうすると、自然と戦前での働きぶりや信用力が、信用評価で重要になってきます。
さらに、「戦後といえどもそう無茶なことはしないだろう」という表現から、逆にいうと、戦後の一定時期は、お金を借りた会社が「かなり無茶なこと」をしていた様子がうかがえます。銀行の立場に立つと、経済復興、生活復興、社会復興のために、「血」に該当する「金」を流すことで貢献したいと考えて活動しているものの、借りた会社が無茶をするのであれば、怖くて貸すこともできません。銀行もさぞかし大変だっただろうということがわかるのです。
2つ目は、組織力です。
松下幸之助氏の指導力やリーダーシップの裏返しですが、組織としてちゃんとコントロールが効いていて、はみ出ものが無茶をやらかすことなどないだろう、という信頼もあるはずです。「あの男は」という言い方ですが、貸す側から見れば、松下幸之助氏の人柄は、それによってコントロールされている会社組織の組織力と同じです。「借りた金を大事に使う。だから商売を一所懸命に、真面目にやる。利潤が出る。借りた金に対して利子を付けて返す。」このことを繰り返し行うのは、松下幸之助氏個人ではなく、会社が組織として行うからであり、それによって信用が高まるからです。
2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
投資家である株主の観点から見た場合、銀行の融資よりもリスクを余計に取ることになりますから、銀行が融資を躊躇ってしまうような、すなわち「かなり無茶なこと」をする会社であっても、むしろ混沌とした時代だからこそ、大胆にチャレンジする経営者に賭ける、という選択肢もあるでしょう。
その分、銀行からの融資は全くあてにできない状況です。
こうしてみると、このような混乱の時期こそ、堅実に信頼を積み上げていくビジネスか、大胆にチャレンジするビジネスか、などの経営戦略に応じた経営者の適性を見極める必要が高かったはずです。
そして、長年のデフレ経済と競争の国際化が同時に進行している状況は、高齢化や人口減少に伴う混乱も含めて考えれば、ビジネスモデルと経営者のマッチがより重要な問題になる時代と考えられます。株主は、自分が所有する会社がどのようなリスクをどのように取るビジネスをしているのかを見極め、それにあった経営者の特性を見極めることが、これまで以上に要求されているのです。
3.おわりに
松下幸之助氏は、銀行側の立場で考えています。これは、例えば訴訟を受任した弁護士としても、相手の立場に立って検討を行うことで、依頼者の問題意識や弱点、逆に強みなども見えてきます。
松下幸之助氏の言葉では、非常に多く、相手方(銀行に限らず、取引先や顧客、部下、役人など、場面に応じて実に多様です)の立場で考えていることがわかります。
言われてみると非常に簡単なことですが、実際には、言われずに実践することは意外と難しいものです。このような点も、参考にしましょう。
※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。