松下幸之助と『経営の技法』#178
8/11 恐ろしい安易感
~経費をムダに使い、合理化を怠る。そうした安易な姿勢は、商売として恐ろしい。~
商いが2カ月前に前年同期と比べて17億円も増えている。それなのに利益が逆に少なくなっているということは、ちょっと不思議だと考えられる。一応の利益はあげたが、結局経費を余計使った。まあ、競争が激しいために割引率を大きくしたとか、あるいはまたその他いろんな競争から生まれるところの経費が余計要ったとか、いろいろ調べてみるとわかるのでありますが、しかしにっちんがっちん、結論としてこうなった、これはもう非常に商売として恐ろしいことでありまして、儲けても経費をムダ使いし、またムダ使いでなく必要な経費と思いましても、それをさらに吟味して合理化するということを怠っていたならば、商いを余計して売上げは上がったが、純益というものは逆に減っていくというような結末が出てくるわけであります。こういうことはかつてありませんでした。
今回だけが初めてこういうふうになった。これはむろん、その大きな一半の責任が私自身にあることは自覚しておりますが、しかし、もう一半の責任は、皆さんが昨年度からの1年間に、松下電器の経費状態というものがだんだんとよくなってくる、ということに対する安易感を自然にもち始めてきたことにあるのではないか。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)
1.内部統制(下の正三角形)の問題
まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
無駄を徹底的になくす必要がある、という話は、例えば6/8の#114でも同様に話をしているところです。その背景には、例えば8/10の#177で、儲けは世間からの委託金であって、社会からの預かりものだから、大事にしなければならない、という発想があります。
経費が膨らんだ背景については、知る由もありませんが、組織的に見て、会社には経理部門もあれば、監査部門もあるはずです。また、運用上も、会社全体の需要見込みなど、いわゆる予算管理について、6/27の#133にあるように非常に厳しく管理しています。
ですから、「その大きな一半の責任が私自身にある」と認めています。きっと、予算が厳しかった時期に、購入や出費を我慢していたものもあったのでしょう。現場なりにやりくりしていたものの、状況が良くなってきたことから、優先順位の高そうなものから出費を認めたところ、思ったより状況が回復しなかった、というストーリーもありそうです。
いずれにしろ、出費が増える過程では、費用を支出したい現場と、それをコントロールする経理の間でのやり取りがあったはずです。
そうすると、ここでの松下幸之助氏の言葉を聞いた従業員の中には、きっと面白く思っていない人がいそうです。
「こっちは、ずっと我慢していたし、相手を随分と待たせていた。しかも、ちゃんと手続きを踏んで、経理の承認ももらった。誰が悪いんじゃなくて、ちゃんと予算どおりの成績を上げなかった部門が悪いんじゃないか?なんで、とばっちりを受けるんだ?」
このように、自分の非を認めない従業員にとってみれば、ここでの氏の言葉も、あまり効果がないのかもしれません。
けれども、それでも経営者が直接、無駄の排除を呼びかけることには、プラスの効果も考えられます。
それは、①仮に納得できなくても、うちの経営者はお金にうるさい、ということを印象付ける効果があります。お金の管理だけは、経理に任せきりにせず、経営者が直接介入することで、お金についてだけは間違いが許されない、無駄は本気で排除しなければいけない、というメッセージを伝えることができるのです。②経費が膨らんだ理由や、どこに問題があるのかを調べることになります(「いろいろと調べてみればわかる」と言っています)が、その調査を経理部門などに押しつけず、全社員が協力しなければならない状況がつくられました。経営者自身が、従業員たちにわざわざ話したことだからです。③これがきっかけとなり、さらに無駄の削減が行われるかもしれません。反感を持っていた従業員が心を入れ替えるかもしれず、そうではなくても、うるさいから業務を見直す従業員がいるかもしれません。
このように、従業員の受け止め方はいろいろでしょうが、経営者自らがメッセージを明確に伝えることには、組織運営上、それなりに意味があることなのです。
2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
投資家である株主と経営者の関係で見た場合、お金にルーズな経営者に会社を任せることはできません。このことは、8/10の#177で検討したことです。
さらに、ここで自ら直接従業員たちを叱っているように、従業員への指導や関与の上手なことも、経営者にとって重要な資質です。
これには、少し背景があります。
つまり、松下幸之助氏は、一貫して、従業員の自主性と多様性を重視し、できるだけ多くの業務を従業員たちに権限委譲し、任せる経営を実践してきました。その経営モデルから見ると、経費の管理も、例えば経理担当の役員に当然権限委譲しているべき問題です。
けれども、経費管理について松下幸之助氏は、自ら直接従業員たちを叱りました。これは、松下幸之助氏が普段から現場に任せ、権限移譲を行ってきたことをよく知っている従業員にとって、非常にビックリするはずです。
すなわち、特に上記①で指摘したように、経営の問題意識の中でも、ここは、という勘所を従業員に徹底させるために、普段は任せているのに、自分自身が厳しく介入してきた、というメッセージは強烈です。従業員の管理や、社風の形成などについて、メリハリを付け、緩急のある対応をすることが、経営者の手腕とし見習うべき点ではないでしょうか。
3.おわりに
ここでの話をした時点で、松下電器はどの程度の大きさになっていたのでしょうか。「大将」と気楽に声をかけられていた存在から、普段は顔を見ることもできないような存在になった松下幸之助氏も、従業員の掌握に苦労していたはずです。そのためにも、任せる⇔叱る、というメリハリが必要だったのでしょう。
どう思いますか?
※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。
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