松下幸之助と『経営の技法』#80
5/5の金言
自得するには道場が必要である。職場がその道場である。
5/5の概要
松下幸之助氏は、以下のように話しています。
自得するには道場が必要である。水泳ならば、海、川、プールが、スキーならばスキー場が必要。仕事も道場が必要。
仕事の道場は、自分の職場、自分の会社であり、道場があるのだから、後は進んで修行しよう、仕事を自得していこうという気になるかどうか、である。
しかも普通であればこちらから月謝を払わなくてはならないが、会社という道場では、逆に給料までくれるから、こんな具合のよい話はない。
1.内部統制(下の正三角形)の問題
まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
ここで松下幸之助氏は、従業員の心構えを論じていますが、従業員の立場が向上し、権利意識も高まっている現在、従業員にありがたいと思って修行しろ、と義務付けるだけでは、それが酷い場合にはブラック企業ではないか、という問題にまで発展しますが、そこまでいかない場合でも、人手不足を原因とする従業員の売り手市場の中で、従業員が集まらない、という問題を生じさせます。
すなわち、最近の従業員の中には、自分たちが働いて会社が儲けているんだから、給料を支払うのは当たり前、何かキャリアにとって役立つことを提供してくれないなら、わざわざここに居続ける意味がない、と明言する者までいます。自分と会社の関係を、対価関係や契約関係のように割り切って捉えているのです。
そこで、会社側の人事政策として、従業員にどのようにキャリアパスを描いて見せるくのか、という問題として整理しましょう。
まず、必要性です。
これは、上記の、給料は当たり前、キャリアを提供してくれなければ意味がない、という意見が重要です。これは、昔のようにはいかない、という消極的な意味もありますが、自分のキャリアを考えてくれる会社に行こう、という需要がある、と評価できますので、この点を強化すれば、会社として「労働市場」の中で他社との差別化の要因にできる、と見れるからです。
次に、その内容です。
まず、従業員に配分できるビジネスの成果には限界があることを確認しましょう。
例えば、月に3000万円売り上げた営業担当者に対し、その利益分の2割である600万円をそのまま全額支給することはできません。歩合制でない限り、せいぜい、賞与と翌年の給与で「考慮する」だけです。その分を、従業員のキャリア作りの手伝いをしている、という会社からの見えない利益提供によって穴埋めしているのだ、という整理です。
この整理をさらに極端に推し進めると、終身雇用制における若手従業員の給与体系になります。
すなわち、若手従業員に将来実際の働き以上の給与を支給する、という暗黙の約束(これも、一種のキャリア作りでしょう)の下に、実際の働きよりも安い給料しか支給しない、という、実に気の長い「費用対効果」関係を描いていたのです。これを可能にしたのが、将来の給料≒将来のキャリアの存在、すなわち年長者になれば、実際の働きよりも高い給料がもらえるから、それまで頑張れ、という構図です。
この、将来の給料については、①同じ会社やグループに残っていなければ成立しない、②相当長期でなければ成立しない、という意味で、キャリアとしての汎用性も低く、限界があります。なぜなら、現在では、①同じ会社やグループのような閉ざされた環境ではなく、労働市場の中での転職可能性を高めてくれる効果も期待され、②数十年働いて初めて回収が始まるような長期投資ではなく、ある程度の期間で獲得できる市場価値が期待されているからです。
逆に言うと、これら①②を満たせば、終身雇用以上の魅力を打ち出せることになります。すなわち、実際に従業員に分配される金額の大きさの競争にうっかり乗せられることによって、金額に見合う能力のない従業員を採用してしまうリスクを抑えつつ、適切なキャリアパスを提示できれば、適度な自立心と適度な忠誠心をバランスよく持つ従業員を採用する可能性が高まるのです。
このように、従業員に配分する原資に限りがある中で(必要性)、会社が求める人材が求めるキャリアパスを示すことで(内容)、会社にマッチした人材を確保できる可能性が高まるのです。
2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
投資家である株主と経営者の関係で見た場合、経営者の資質の問題になりますが、現在でも、雇った従業員は、自分が金を払っているんだから、何でも自分の言うことを聞かなければならない、という「ブラック企業」意識の抜けない経営者が多く見受けられます。
けれども、そのような経営者に会社経営を託してしまうと、会社の社会的な存続基盤が無くなってしまい、投資家の託した資産が無価値になってしまいます。
まずは、給与に見合った仕事をしてもらうのが従業員であり、それぞれの従業員から提供される限られたリソースを活用するのが経営の仕事である、という意識を持っていて、そのために必要な組織やプロセス、企業文化、等を作り上げるリーダーとしての素養が必要です。さらに言えば、従業員を使い捨てにするのではなく、長く育ててお互いにかけがえのない仲間となる人事政策の重要性も、理解しているべきでしょう。
このような経営者の資質に照らした場合、従業員のキャリアパスのことを真剣に考え、実行する意識と能力のあることが、経営者の資質の1つであると言えるでしょう。
3.おわりに
従業員を雇う、ということは、単純に労務の提供と賃金の給付という契約上の対価関係だけの問題ではなく、もしかしたら将来の後継者かもしれない仲間を育てる、という意味もあります。いわゆる「場」の経営学の発想は、ここにあります。労働法上も、多くのトラブルが、契約関係に引き戻されて処理されますが、そこには、「場」の概念が背景にあると考えると、理解しやすい場面がいくつもあります。会社は、一度その「場」に仲間として受け入れた従業員を簡単に追い出せませんが、従業員も、その「場」の一員として溶け込む努力が必要です(絶対服従、という意味ではありません)。
どう思いますか?
※ 「法と経営学」の観点から、松下幸之助を読み解いてみます。
テキストは、「運命を生かす」(PHP研究所)。日めくりカレンダーのように、一日一言紹介されています。その一言ずつを、該当する日付ごとに、読み解いていきます。
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