松下幸之助と『経営の技法』#216
9/18 頼む心持ち、拝む心境
~人を生かしつつ、よりよく働いてもらうには、頼み、願い、拝むような心根が欠かせない。~
少人数の人を使っている、小規模の会社、商店の経営者であれば、自ら率先垂範して、そして従業員に「ああせい、こうせい」と命令しつつみんなを使って、大体成果をあげることができるでしょう。しかし、これが100人、1,000人となれば、そういう姿は必ずしも好ましくありません。100人も1,000人も従業員がいるところでは、もちろん仕事の内容とか種類にもよりますけれど、大体において、率先垂範して「ああせい、こうせい」といタイプでは好ましくないと思います。形、表現はどうありましょうとも、心の根底においては、“ああしてください、こうしてください”というような心持ちがなければいけないと思うのです。そうでないと、全部の人により良く働いてもらうことができないでしょう。
これがさらに、10,000人、20,000人になれば、“ああしてください、こうしてください”ではすまされないと思います。”どうぞ頼みます、願います”という心持ち、心根に立つ。そしてさらに大を成して50,000人、100,000人となると、これはもう”手を合わせて拝む”という心根がなければ、とても社員を生かしつつ、よりよく働いてもらうことはできないと思うのです。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)
1.内部統制(下の正三角形)の問題
まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
松下幸之助氏の説いている「心根」を、会社の規模と対応させて整理しましょう。
1~ :ああせい、こうせい
100~ :ああしてください、こうしてください
10,000~ :どうぞ頼みます、願います
50,000~ :手を合わせて拝む
ところで、この「心根」の問題は、実際の言動と必ずしも一致するものではなさそうです。
それは、①「形、表現はどうありましょうとも、心の根底においては」という表現が用いられ、「心根」の問題と実際の言動が区別されていること、②この直前の部分で、「率先垂範」と「心根」の2つのポイントが指摘されているうちの、後者に関する議論を展開させるための文脈であること、③実際、会社の大小にかかわらず「率先垂範」が重要である、ということは、例えば9/3の#201でも明言されていること、等から明らかです。
すなわち、ここで松下幸之助氏は、「形、表現」としては「率先垂範」、「心根」としては上記の整理のとおり、ということを経営者に求めているのです。言葉に直接表現しなくても、どのような気持ちで指示を出しているのかについては、おのずと窺い知れてしまうので、「心根」が重要、ということなのでしょう。
そして、この整理によると、有名な山本五十六の「やってみせ」とほぼ同内容であることに気付きます。
この山本五十六の「やってみせ」については、当連載でも何度か紹介していますが、それは1番だけです。実際には3番まであり、ここで注目するのは、1番から3番全体ですので、まずその全体を紹介しましょう。
やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、
ほめてやらねば、人は動かじ。
話し合い、耳を傾け、承認し、
任せてやらねば、人は育たず。
やっている、姿を感謝で見守って、
信頼せねば、人は実らず。
この言葉と比較してみると、「率先垂範」は1番に、「心根」は3番に、それぞれ対応することが容易に理解できます(さらに、従業員にどんどん権限移譲する松下幸之助氏の経営モデルは、2番に対応します)。松下幸之助氏と山本五十六の間に生前交流があったのか、接点があったのかについては、確認できませんでした。もし接点があれば、両者とも明言をたくさん残している「偉人」なので、接点のあったことが歴史上の事実として広く強調されると思われますので、接点はなかったと思われます(もちろん、相手の発言を目にする機会はあったかもしれません)。
そうすると、一方は戦前の大恐慌以前から戦後の高度経済成長までの激動期を乗り越えて大企業を作り上げた経営者、他方は規律の厳しい帝国海軍のリーダー、という全く背景事情の異なる2人のリーダーが、リーダーのあるべき姿について、ほぼ同じ内容の姿に辿り着いたということになります。非常に興味深いことです。
しかも、「率先垂範」について松下幸之助氏のイメージするものは、経営者にとって非常に厳しいものです。
すなわち、①「誰よりも早く起き、誰よりも遅くまで」働いている様子を見せることであり(9/3の#201)、②特に、「乱世」では、現場が自ら判断することが難しいことまで含めて自らその見本を見せなけらばならない(7/6の#142)など、直接命令をせずに従業員をリードするために、経営者は相当の負担を負うことになります。
ここに、「心根」の問題として、命令するつもりでは駄目で、「手を合わせて拝む」ことまで必要となるのですから、経営者はまるで修行僧のような人格者になることが求められているのです。
2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
投資家である株主と経営者の関係で見た場合、投資する資本と会社を託す経営者に求める資質として参考になるポイントを、松下幸之助氏の言葉から読み取ると、会社の規模に応じて経営スタイルを変えていく柔軟さでしょう。
特に重要なのは、一貫性と柔軟性の両立です。
ここでは十分検討できませんでしたが、上記②の松下幸之助氏の経営モデルは、かなり早い時期に採用され、一貫して氏が磨き上げてきた経営モデルです。一方でその経営モデルを磨き上げながら、他方でここで見たように、状況に応じて経営者の意識を変えていくなど、柔軟性も見せているのです。
ところで、経営学の中でも「老舗学」と称される領域があります。それは、世界で最も老舗企業(100年以上事業継続している企業)が多い日本の、老舗企業の経営のコツを分析研究する学問です。そのうちのいくつかの文献の中で異口同音に指摘されるのが、伝統のコア部分を承継しつつ、時代に応じて柔軟に変化できることが「長寿」の秘訣である、という点です。
その観点から見ても、松下幸之助氏が一貫した経営モデルを継続しつつ、会社の大きさに合わせて自分自身の意識を変えて柔軟に対応している点は、非常に合理的なのです。
3.おわりに
松下幸之助氏は、病弱だったためにかなり早い段階からどんどん従業員に権限を委譲し、任せる経営モデルを確立し、磨き上げてきました。したがって、早い段階から従業員たちに「仕事をしてもらう」という意識を持っていました。これによって、従業員への「心根」を変えることがスムーズにいったのでしょう。
もしこれが、従業員に権限を委譲し、任せるタイプではなく、ワンマン会社やベンチャー企業に多く見られるような、従業員を自分の指示命令で使うことの方に重心を置くタイプの経営者の場合、「心根」を変えることはより難しかったのではないでしょう。
どう思いますか?
※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。
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