松下幸之助と『経営の技法』#164

7/28 悩みを認める

~1つくらい悩みがあったほうがいい。そのおかげで、注意深さが生まれる。~

 私は、悩みが1つくらいあってもいいではないかと思っている。むしろ悩みが1つあるということは、人間にとって大事なことではないかと考えている。これは、別に無理にそう考えているのではない。無理にそう考えても、自分が苦しむだけである。私は本当にそう考えている。
 なぜかというと、常に何か気にかかる1つのことがあれば、それがあるために大きな過ちがなくなる。注意深くなるからである。心がいつも活動しているから、油断しない心になるのである。反対に、何も悩みがなく、喜びのままにやっていくという姿では、そこにおのずとゆるみが出る。そのゆるみが、過ちにつながり、結局マイナスをもたらしかねない。そういう実例は世に多いのではなかろうか。
 だから、1つの悩みをもつことは、むしろプラスにつながる場合が多い。したがって、その1つの悩みからも逃げようとは考えない。それはそれとして認めて、どうそれと取り組んでいくかを考える。私は、そういう姿にこそ、人生の生きがいというものがあるのではないかと思っている。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 会社組織は、経営者の投資家に対するミッション、「適切に儲ける」ためのツールですので、経営者が考えたり行動したりすべきことを、組織として実現することに意味があります。
 したがって、1つ悩みを抱えよう、という松下幸之助氏のコメントは、組織としてそのようなリスクを抱えている状態を否定せずに受け入れよう、ということになります。
 そして、組織が悩みを抱えている状況を考えると、そのポイントは以下のとおりです。
 1つ目は、悩みを抱えていることの効果です。
 悩みを抱えていない状態であれば、ゆるみが出て過ちにつながるが、悩みを抱えている状態であれば、注意深くなり、心(⇒組織)がいつも活動しているから、油断しない心(⇒組織)になる、と説明しています。
 これは、リスク管理そのものであり、その中でも「リスクセンサー機能」が中心となります(『経営の技法』参照)。たしかに、社内弁護士として色々な会社の中で法務(リスク管理の業務にも関与する)に20年近く関与していた立場から見た場合、トラブルのない状態が続くと、担当部署や従業員たちが安心しきってしまい、重大な問題を見落としてしまわないか、心配になってきます。
 このように、トラブルなどの「悩み」を抱えていることには、担当部署や従業員たちを油断させない、という機能のあることは、実感として同感します。
 2つ目は、悩みへの関わり方です。
 松下幸之助氏は、悩みから逃げず、取り組み方を考える、と説明しています。
 これは、リスク管理のうちの、特に「リスクコントロール機能」に関する事柄です。次のガバナンス(下記2)で確認しますが、リスクは避けるものではなく、適切にコントロールして、必要な場合にはリスクを取ってチャレンジすることが必要です。また、チャレンジするかどうか決断するまでの間は、リスクを見極めるための適切な検討(デュープロセス)が必要ですので、おのずとリスクを抱えた状態になります。
 このように、松下幸之助氏の言葉は、「リスクコントロール機能」を的確に表現しているのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、経営者は「適切に儲ける」ことがミッションです。
 ここで、まず「適切に」について、確認しましょう。
 どんな手段をとっても、儲けさえすれば良い、というのであれば、それはマフィアや暴力団であり、社会が容認しません。近時問題にされている数多くの品質偽装(食品、素材、部品等)問題を見れば、消費者や顧客の信頼を裏切った会社の中には、経営危機に陥る事例も見受けられるますが、会社が社会から見放されることがどれだけ怖いことか、証明されています。つまり、投資家として見た場合、経営者が社会に受け入れられるような経営をしてくれなければ、配当を十分受ける前に(投資を回収する前に)事業継続できなくなってしまうのです。
 そして、この「適切に」活動することは、社会に会社が受け入れられることを意味しますから、コンプライアンス、CSR、企業の社会的責任、ノブリスオブリージュ等を意味します。
 次に、「儲ける」について、確認しましょう。
 古今東西、リスクを取らなければ儲けられないことは、自明の理です。常にリスクを避けていても(もちろん、リスクを取ることもありますが)構わないのは、税金で運営される役所ぐらいなもので、民間の事業会社はリスクを取らなければなりません。経営者は、リスクを取るのが仕事であり、その経営者のツールである会社組織も、リスクを取れる組織として設計されなければなりません。
 すなわち、この「儲ける」ために、「儲ける」ためのツールとなる会社には、リスク管理体制が整う必要があり、「リスクセンサー機能」「リスクコントロール機能」が必要になるのです。

3.おわりに
 あまり綺麗な話ではありませんが、アレルギー体質を改善する方法の1つとして提唱されている方法の1つに、自分の体にわざと寄生虫を住まわせる方法があります。外からの刺激に対する反応を適切にするために、体内からの刺激を常に抱える、ということのようです。
 過剰な反応を抑えることを目的とするので、ここでの松下幸之助氏の「悩みを抱える」方法とは、目的のベクトルが逆となりますが、発送としては同じように思えます。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。


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