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児童養護施設職員だった頃のお話


𓂃 𓈒𓏸

児童養護施設とは、何らかの理由で保護者と過ごせない2歳〜18歳までの子どもたちが生活をする施設である。


短大を卒業して、実習先の児童養護施設にそのまま就職。
20歳だった私は、これから始まる生活にワクワクしていた。

初めての一人暮らしに胸を踊らせ、
夢を叶えることができたあの春のことは今でも鮮明に思い出す。

今も変わらず、児童養護施設職員で働いていて好きな瞬間がある。
朝、子どもたちを「おはよう」と起こすところから始まって、
夜、子どもたちに「おやすみ」と伝える。
この瞬間が何よりも好きで、大変な仕事だったけれどやり甲斐を感じられた。
特に夜は、子どもたちが安心して寝られるように個別の時間をとり、
今日一日のプチ幸せを聴くことを日課にした。
どんなに嫌なことがあっても、最後は楽しかった出来事で今日を終えて欲しい。
そんな意図から考えた個別の時間。
子どもたちは1人だけではないので、1人10分も個別の時間を取ってあげられなかったけれど、その短い時間の中でも一人一人と向き合う時間を大切にした。

遅番になると21時半定時のところを、家事や記録が終わらなかったり、こどもたちにトラブルが起こると帰りが日付を跨ぐこともしばしば、、、次の日も6時半出勤で家に帰ってすぐお仕事といった状態がよくあるお話。

そんな生活を5年ちょっと続けて、少しずつ心に余裕がなくなってきた。
5年目になると期待と責任に押しつぶされそうになりながら、
子どもたちのために何とか踏ん張って頑張ってきた。

そんなある日、いつもと変わらない日々に少しの変化が起こる。
普段なら難なくこなせることが、できなくなり、とにかく忘れっぽくなった。
担当児の何気にない言葉や言動に傷つき、いつしか笑うことができなくなっていった。

担当していた当時小学校4年生の女の子のSOSに対応できず目の前で不安定になる瞬間を目の当たりにした時に、心の細い細い糸が プツッ と切れた音が聞こえた。



その時を境に、お仕事に行けなくなった。

傷つくことから逃げたのでも、
不規則な生活が嫌になったことでも、
現場のことを分かってくれない上司への反抗でもなく。

ただただ、自分がそこに居てはいけないのだと思った。
自分の心をも守れない大人が、子どもたちの未来を照らすことはできないのだと悟った。
子どもが好きで、養育が好きで、このお仕事が大好きだけれど、
好きなだけでは務まらないことも世の中にはたくさんあるのだと、
悔しながら教えてもらった。


もう子どもと関わるお仕事はしばらくできそうにないと思っていた矢先に、今年に入って元職場の方に学童を紹介してもらい、不安な思いもありつつ興味もあって週に1度顔を出させてもらっている。
子どもと関わることがやっぱり楽しくて、保育士っていうお仕事が本当に好きだということを改めて子どもたちが教えてくれて、今やりたいことはここにあるんだと気づかせてくれた。

大人なのに、子どもたちから教わることってたくさんある。
大人も子どもも関係なくて、みんな対等。

何もかもから逃げ出した去年から、ちゃんと成長できてる。
あなたは今日も素敵に生きてるよ。

まだまだ不安定な日もあるけれど、
ゆるゆる、のんびり前に進もう。

明日もあなたが幸せでありますように。


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