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みつけたもの【掌編小説】

洗濯されたティッシュペーパーみたいな雪が降っていた。

カーテン越しにでも存在感のある雪を、上から下へと眺めていたら、以前の僕は洗濯機の中で生きていたような気がした。決められた場所で、言われたとおりに動く。僕はそんな風だったから。

ふとポケットの中にティッシュペーパーが入っているのではないかと気になり、思いつくかぎりのポケットに手を突っ込み、確認してみる。
大丈夫。
入っていたのは、存在感を消し去って長居をしている埃だけだった。
しかし、僕は悩んだ。ポケットの中の埃をこのままにしておこうか、それとも取り除くべきかを。
僕は優柔不断である。自分では何も決められない。これは、僕にとって最大のコンプレックスだった。
でも、彼女に出会ったことで、そのコンプレックスは希釈されていった。


***


彼女と2人で地方へ旅行に行った時のこと。
彼女が行きたいという小料理屋で食事をした。
料理はコースで、舌が肥えていない僕にはもったいないくらいの美味しさだった。
そして、食事が進むにつれ、僕は料理を盛り付ける器の方にも魅了されていった。

「綺麗な器ね。気になる?」
「え?」
「だって、ずっと眺めたり触ったりしているから」
「あぁ。そうだよね。こういうのを造形美っていうのかな。機能的なのに美しくて、それでいて手にもしっくり馴染んでいる」
彼女は嬉しそうに口角を上げると同時に、目尻を下げた。
遥希はるきくんの好きなものを、みーつけた!」
「な、なに、急に」
「だって、あなたの好きなものをよく知らないから。いつも私のしたいことや好きなものを優先してくれるでしょう?」
「それは君が喜ぶと嬉しいから。でも……」
僕が優柔不断であること、それがコンプレックスであることを、この時は興奮していたせいもあってか、あふれ出すままに話をした。

彼女は頷きながら僕の話を黙って聞いていた。
「なるほど。1つ質問してもいい? そもそも優柔不断って短所なのかな?」
思いがけない言葉だった。
「だって、大事なことは熟考した方が良いと思うけれど」
朗らかな笑みとは対照的に、彼女の言葉はリズミカルでいつも的確だ。
「けれど、時間がなくて即決を迫られることもあるよね」
「そうね。あるよね。でも、判断するための情報が不足しているときは、優柔不断じゃなくても決められないから、このケースは除外するとして……。たとえば、ランチに行くとする。A定食とB定食があったら、遥希くんはどちらかをすぐに選べないということ?」
「そう。そのたびに自分が嫌いになる……」
「一応言っておくけれど、遥希くんが自分のことを嫌いでも、私があなたの分まで好きだから、私と居るかぎり、その嫌いは相殺されているのよ。ということで安心して」
「ん? わかるような、わからないような。でも、ありがとう」
「もしかして、選べないという現象を作り出しているのは、心を動かされるような大好きなものに出会っていないからじゃないかなぁ 」
「それもあるかもしれない」
「日常的に選択を迫られる場面に遭遇したときは、あらかじめルールを決めておくと解決できるかも。 たとえば、いつも1番目のものを選択すると決めておく。もし、それが嫌いなものなら2番目のものを選ぶ。どう?」
「あはは。考えてみるよ」

「でも、遥希くんは今日、好きなものを見つけた」
彼女は手入れの行き届いた指先で、器にそっと触れた。
「うん」
「じゃあ、私のことは好き?」
唐突で、飛躍した会話の展開にもだいぶ慣れてきていた僕は、すぐに「うん。……き」と答える。
「ありがと。そうやってすぐに答えられるあなたは、本当に優柔不断なのかなぁ?」と彼女はくすくすと笑った。
「ねえ、明日、この器を作っている窯元に行ってみない?」
君の決断は本当に早い。
でも今回は僕も、「行ってみたい」と口をついて出た。


***


ピーッ。ピーッ。
洗濯機の終了を告げるブザー音が鳴った。

パタパタとスリッパの音が近づいてくる。
「ドラム式に買い替えてから、ここ、遥希の定位置になったね」
「うん。なんか楽しいんだよね」
「ずっと見てたら目が回らない? あっ、そうか。遥希は毎日ろくろを回しているから平気なのか。考えてみれば、回転するものが好きよね」
「でも、回転寿司はそうでもないよ」
彼女は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたが、すぐに体を震わせ笑い出した。
「たしかに、ぶふっ、あれも回転ね。ふふふふ。今日は遥希の当番よ。シワになるから早く干してね」
洗濯物を取り出す僕の背中を、彼女はシャツのシワを伸ばすかのような小気味良いリズムでパン、パンと叩いて、笑い続けている。

物干しそばの窓辺では、昼寝から目覚めたばかりの息子が僕を見つけ、お気に入りの遊びを仕掛けてきた。僕のポケットにティッシュペーパーを入れようとしている。
僕の胸にまだすっぽりと収まる息子を抱き上げて、雪景色を一緒に眺めた。
ここに越してきて何年か経つけれど、風に身を任せて移動する雪は、いくら見ていても飽きない。

洗濯されたティッシュペーパーみたいな雪を見つけた息子は、さっきの彼女みたいな顔をしてから、窓に向かって力一杯手を伸ばした。

君もいつか、掴めるといいね。









©️2025 ume15

お読みくださりありがとうございます。

先日、本当に洗濯したティッシュペーパーみたいな雪が降っているのを見ました。
もちろん、洗濯してしまったティッシュペーパーも見たことがあります。こちらの方が出会う頻度が高いのはなぜでしょうか。




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