ナポリタンを食べた日に【掌編小説】
「どうしても人を指さすときは慎重になさい」
成人した僕に、母がかけてくれた言葉。人を指さしてはいけない、と小さな頃から躾けられてきたのに、それを覆す一言だった。
『ばーか』
「何て書いたか当てろ!」
髪をくるりとアップにし、リラックスモードのアキラ。椅子に座る僕の背後で仁王立ちしている。
僕は言われるがまま、ホワイトボード化した背中を自由に使わせていた。
「『ばーか』です。ごめん!」
振り返ると、アキラは頬を膨らませることで不機嫌さを主張していたが、ついさっき食べたナポリタンがスウェットの袖に付いているという有り様。思わず頬が緩む。外で見せるキャラと違って無防備なのだ。
謝る気がないと思われたのか、アキラはさっきより乱暴に背中をつついた。
『ばーか、ばーか、ばーか』
「アキラ。本当にごめん!僕だって……」
あした一緒に結婚指輪を選びに行く予定だったが、僕の仕事の都合で延期に。それを伝えたあとの状況がこれ。
「じゃあ、なんでニヤニヤしてるのよ!」
「だってアキラ、かわいい。ここにケチャップが。でも、早く洗わな……」
間髪入れずグイッと背中を押される。今度は途中で、ほんの少しだがタイムラグがあった。
『ばーか、しょーた』『大すーき』
ばーか、に似たような形の文字を書いて、照れくささを誤魔化したつもりだろうが、背中に書く文字は反転しないのでわかりやすい。
「何て書いたか当てようか?」
「ばーかに決まってるでしょ!」
「そうかなぁ?」
アキラの腕を引き、膝の上に座らせる。バンザイをさせスウェットを脱がせた。くすぐったいよー、と笑うアキラ。機嫌は回復。
僕らは来月、入籍する。
アキラと母は偶然にも同郷で、二人はもう親子のように仲がいい。
「アキラ。以前、母に『どうしても人を指さすときは慎重に』って言われたんだけど、どういう意味だと思う?」
「ん? あぁ、そういう難しいのは ChatAI に聞いてみたら?」
「なるほどぉ」
僕は質問文を何度か入力した。すると、思いがけない回答が得られた。
『一部の種族では、人さし指をパワーフィンガーと呼び、背中を指さして愛を伝えることで、その恋愛は成就する、といわれています。その能力は、一度使うと消失します。これらの原理は、現代の科学では証明できないものの、今後、量子力学の分野で研究が進む可能性が示唆されています』
この情報を信じたわけではないが、それでも僕は、試してみたくなった。
ベランダから外へ出ようとするアキラの背中に向かって、「アキラ、好きだよ」と指をさした。しかし、これではまるで「指さし確認」ではないかと思い至り、失笑する。
「しょーちゃん、何か言った? 夕焼けがとてもきれいだよ」
「あ、いや。本当だね」
スウェットを脱いだアキラは寒そうで、僕は後ろから自分のシャツで彼女を包み込んだ。
「好きだよ」
「……知ってる」
僕はほんのりと紅く染まったアキラの頬にキスをした。
完
(1187文字)
©️2023 ume15
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