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25年ぶりに叶えた夢【掌編小説】
「夢を見るにはお金が掛かります。夢を実現させるとなると、やはりそれ相応の出費が必要になることはご承知と存じます。また、健康でなければなかなか踏ん切りがつきませんし……、ええ、わかります。そのように悩まれる方は大勢いらっしゃいます」
僕の人生は後悔ばかりだった。あの時ああしておけば良かったとか、どうして素直に言えなかったのだろうかとか。
今更どうしようもないけれど、胸の中にある、書き損じてクシャクシャに丸められた紙みたいな後悔を、もう一度、できればやり直したい。そう思ってここに来た。
「お願いします」
「はい。素晴らしいご決断です。それでは希望される夢の内容についてお話を伺いたいと存じます。こちらに沿ってご説明申し上げます。たとえば……」と彼は夢のカテゴリ一覧のようなものを端末に表示し、僕の方に向けた。
そして、こう続けた。「大雑把に選ぶ『おまかせコース』と、ストーリーや登場人物、どのような感情を伴うかなど、詳細に設定できる『おこのみコース』がございます。また、動画などのデータをお持ちでしたら、そのデータを活用することも可能です」
僕は動画や写真を持参してきたこと、また希望するシチュエーションがあることを伝えた。
「なるほど。では、そこから掘り下げて細かく設定していきましょう」
***
夢を見なくなってから、早いもので25年が経つ。
その理由は睡眠にあった。
質の良い睡眠は、大病を予防し、健康寿命の延伸につながることが科学的に証明されたのだ。
国は高齢化社会における社会保障の一環として、国民一人一人の体形に合わせた枕やマットレスなどの寝具を支給する制度を導入した。
役所や病院、学校、コンビニなど身近な場所に体をスキャンする装置が設置され、定期的にアップデートできるようになっている。
それ以来、誰もが質の良い眠りを手に入れ、飛躍的に健康寿命が伸びていった。
日々、睡眠を経て体は良好な状態にリセットされ、寝不足という概念も薄れていき、清々しい目覚めが保証されるようになった。
しかし、それと引き換えに失ったのが、「夢を見る」という現象である。
そこで、「夢」を売る商売が注目されるようになった。低迷が続いていたホテル業界がいち早く参入し、一つの産業として確立していった。
夢を一度も見たことのない若者たちには、夢を体験するというアミューズメント性が受け入れられた。また、われわれ高齢世代は、過去の感傷に浸ったり、やり残したことを夢の中で実現させたりすることで、癒やしを求めた。
***
夢の内容が決まり、僕は今夜宿泊する部屋へと向かった。エレベーターの鏡に映る僕の姿は、昔の100歳の人とは比べものにならないくらい健康的に見えるにちがいない。
ホテルの部屋は十分な広さがあり、清潔で落ち着いた空間を演出していた。ベッドのヘッドボードには、先ほど説明を受けた装置があった。
横になってみる。
あまりにも寝心地が悪くて笑ってしまう。
だが、懐かしい感覚でもある。
翌朝、いつもより早く目が覚めた。
依頼どおりの夢を見た記憶が残っている。
言いたかったのに言えなかった「ありがとう」という言葉を、夢の中では言うことができた。
その言葉をなぜ25年前のあの時、妻に伝えなかったのだろうと、ずっと後悔していた。
久しぶりに重力を感じるような目覚めだった。
ベッドが体に合っていないせいもあるのだろうが、それとは少し違う感覚だった。まるで、僕の中の後悔の塊が水を含み、それによって体を押さえつけられているような重圧を感じた。
でも同時に、その塊は水を含んだことで、溶け出しているようにも思えた。
言えなくて、ごめん。
僕は25年ぶりに泣いていた。
<完>
©️2025 ume15
お読みくださりありがとうございます。
すでに締切が過ぎておりますが、#シロクマ文芸部 のご企画(テーマ「夢を見る」)に参加させてください。小牧さま、どうぞよろしくお願いします。
(久しぶりの参加で、締切日を1週間後と勘違いした大馬鹿者です🙇♀️)
過去に参加させていただいた作品はこちら。
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