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紙一重〜左手にはペーパーナイフ〜【掌編小説】

幾度となく見返した。
3冊のスクラップブック。
波打つ紙の端。
2年分の思い出がぎっしり詰まっている。


1冊目の最初のページは銀杏並木を見上げる君の写真。
肩の上で揃えた柔らかな髪が風になびいている。
タイトルは『告白』。
僕たちが恋人同士になった日。
君専用のスクラップブックを作ろうと決めた日でもある。

次のページはクリスマス。
ツリーの飾り付けをする君の後ろ姿を写したもの。
タイトルは『誓約書』。
ツリーは私有地である裏山のモミの木で作った。

その裏山は今、紅葉のシーズンである。
明日は2人で紅葉狩りをする。僕は撮影を、君は絵を描いて過ごす予定だ。





僕らには大事な約束事がある。

初めて体を重ねた日に、君が提案してきたのだ。
「一回一回、これが最後と思って愛し合いたいです」と。
消え入りそうな声だった。
愛おしいと思った。
僕が頷くと、君はノートの隅に「誓約書」と書き、その部分を切り取って僕に渡した。

でも僕は、これまで約束を守れないでいた。





翌日、裏山の遊歩道を歩き、紅葉がドーム状に広がる場所へと向かった。
色葉いろはが降る。気まぐれな風は、紙飛行機のように葉を滑空させ、楽しんでいるようにも見える。
足元は暖色の絨毯。歩くたびにカサカサと音を立てる。枯れ葉は濁音を脱ぎ捨て身軽になったのだろうか、と少し羨む。

君はベンチに座り、デッサンの準備を始めた。
僕はレンズ越しに君を見ていた。血のような真っ赤な葉が君に絡み付き、嫉妬する。ポケットの中の右手に力が入る。

君に近寄り、僕は後ろから左手で抱き寄せた。
右耳にキスをする。
「愛してる」
右手をポケットから出し、君の腹部に触れる。
「温か、いっ……」
君は体をのけ反らせながら身を預けてきた。
僕は紅葉の絨毯の上に君を寝かせた。

カサ、カサカサカサ。

「これが最後」と思って愛した。
君の呼吸が乱れる。
唇がかすかに動く。
まるで最後に、僕に愛の告白をしているようだった。

僕は夢中だった。

地面の枯れ葉は乾いた音をやめ、次第に辺り一面が真っ赤に染まる。夕陽が世界に僕の好きな赤を増殖させていた。

シャッターを切る。

僕は満たされた。
約束を果たせたから。


一足先に自宅へ戻り、暗室に向かった。

現像作業を終えた僕は、スクラップブックを手に取り、新たなページに『約束』、と書いた。挟んでおいた封筒を取り出し、ペーパーナイフで慎重に開封する。中は僕の分だけ記入した婚姻届と、君からもらった誓約書である。

僕は婚姻届を渡す決意をし、立ち上がった。

ジャンパーのポケットがデスクに引っかかり、ゴトンと大きな音が響く。
ポケットに手を入れ、僕は硬直した。
右手にはポータブルカイロ、左手には鋭利なペーパーナイフが触れた。
僕の手のひらは赤茶色になった。

突然、1冊のスクラップブックが本棚から落ちた。暗室の空気が動き、誓約書が紙飛行機のように滑空する。
安全灯の光のせいか、それは赤い葉のようにも見えた。





〈1182文字〉

お読みくださりありがとうございます。
秋ピリカグランプリ2024「テーマ:紙」に応募いたします。

“納得と共感“には程遠い作品かと存じますが、どうぞよろしくお願いします。



過去のピリカグランプリ応募作品↓
『切り取り線と糊代の相性』は、すまスパ賞をいただきました♪

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