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足踏みオルガンを介して初対面の人とがっぷり話す

いま私は月に1回、教会の礼拝で奏楽の奉仕をしている。奏楽者による足踏みオルガン(リードオルガン)での伴奏には、会衆が讃美歌を合唱するときのテンポやメロディーを支える役割、また歌詞を含む曲のあらわすもの、呼吸、一人ひとりの心の中の祈り、といったものを大きなところでまとめていく役割がある。まとめる、といってもあらかじめ決まった枠にはめ込むイメージの「まとめる」ではなくて、花の形や長さや動きの方向を生かしつつふわりと束ねて花束にしていくような感じ。オルガンが大きな川の流れとなって、その中でそれぞれの魚は伸びやかに流れに身を委ねつつ泳いでいるというような感じ。どうにか文字に起こすとしたらこんな感じになるのかどうか。

昨日は、その奏楽奉仕の相棒であるリードオルガン先輩(昭和40年頃製造、54歳くらい)の調律とメンテナンスのために浜松から調律師さんがはるばる来てくださって、私はその作業の一部始終に立ち会うことができた。調律師さんは私がオルガンの構造に興味を持っていることをとても喜んでくれて、ひとつひとつの部品をバラして手入れしながら丁寧に解説してもらうという何とも豊かな時間を過ごした。

ペダルを踏むと、このベルトが引っ張られる。ベルトは木製の滑車を通ってこの小さな板へとつながっている。滑車のゴミをとって油をさした左のペダルと、手入れする前の右のペダルの動きの違いはこんな感じ。で、小さな板とくっついている小さな袋が動いて、大きな袋の中の空気をかき出す。空気をかき出し切ると袋の中は真空になる。こっちの板がオルガンの内部に外の空気が入り込むのをせき止めている。このレバーを引くと、せき止めていた板が開いて空気が入るようになる。鍵盤を押すと、対応するリードの部分に空気の通り道が開く。そこから、真空の袋に向けて空気が流れ込むことでリードが震え、音が鳴る。

たぶん、私がオルガンの構造を一つひとつ把握して行く過程をこうやって描写した文を読んでいても、「こっちの板がオルガンの内部に」あたりで、もうそんな細かい話はいいんだけど…とちょっとウンザリしてくる人と、へ〜それで? それで?とスルスル読める人とがこの世にはいると思う。私は完全に後者なのだった。だから、ああ、わかる! ほんとうによくわかる! すごい! おもしろいですね! という感じであっという間に2時間が経ってしまった。

調律師さんは、「女性でここまで構造をおもしろがる人にお会いしたことはあまりないので、嬉しいです。」と喜んでくれて、内部の無垢板をタオルで優しく拭きながら「こんなに、わかりたいと思ってくれる人に弾いてもらえて、よかったね。」とオルガンに声をかけていた。こんな職人さんがオーバーホールを手がけた楽器だもん、そりゃあ鳴りがいいはずだわ。わーお! この人ともっともっと話がしたい。話が聞きたい。って気持ちがモリモリ湧き上がってきたところで本日のハイライト。

「オルガンは、楽器は、たくさん弾いてもらうのが一番のメンテナンスですからね。」

おお! おおおおおおお!!! 今、なんとおっしゃいました?! と、私の鼻息がいっそう荒くなったのにはわけがあった。小学校低学年のときにエレクトーンを1年くらいやっただけで、ピアノを習ったこともなければ鍵盤を弾く技術などいっさい持っていない私がいま礼拝の奏楽を担当しているのは、この教会のメイン奏楽者であるお姉さんが仕事の都合で3か月ほど奏楽を休むことになったのがきっかけだった。その報せを聞いた私の中に「このオルガンが、3か月間だれにも弾かれずにいることには、ならないようにした方がいい!」という強い直感がもたらされ、気がついたら「お休みの間は、私が弾きたいです!」と、弾けもしないのに申し出ていた。それから毎回びっくりするようなトチり方をしながらも、それを(しかたなく)許してくれている会衆に支えられて経験を積ませてもらっているんだけど、あのときの直感が間違いではなかったことを知らせてくれる人がいま目の前にあらわれたのだ。「やっぱりそうなんですね! そうか、弾くのがメンテナンス…よかった…ああよかった…」と興奮気味の私に向かって調律師さんはさらにこう付け加えた。

「人が住んでない家とか、人が乗らなくなった車とかと一緒ですよね。」

うわー、さらにわかる! それ私もしょっちゅうピント合っちゃうところです!! 私は喜びのあまり思わず立ち上がり、わざわざ調律師さんの近くに移動した上でその話を引き取って続けた。「ほんと、人が住まなくなった家って、あっという間に空気変わりますよね。」「なんか澱むんでしょうね。独特のにおいしますしね。」「(におい話までいけちゃうお方とはッ…)いやーわかります! ほんとわかります!」「すぐいろいろサビはじめたり。」「私、そういう部屋の窓をパーッと開けた瞬間が大好きなんです!!! 部屋が息を吹き返す感じがわかって。呼吸を繰り返すうちに元気になっていくあの感じが!!!」「ははは。そうですよね。」

まさか、初めて会った人とこんな話をすることになるとは。部屋の呼吸の話をいきなりまくしたててもドン引きされない空間が発生するだなんて。今朝起きたときには、そんなこと思いもしなかった。すごいな。すごい。

その後も調律師さんは黙々と、ときどき私に話しかけてくれつつ、リードを取り出してはヤスリで軽く削ったり、ペンチでほんの少しねじったりして音程や音量の調整をしていく。「だいたい終わりましたので、弾いてみてください」と言われ弾いてみると、生まれ変わったようになめらかだった。全然違う! ペダルを踏む感覚、鍵盤を押さえる感覚、構造を知らなかったときと知った今では、弾いているときの一つひとつの動作、手ごたえ、感覚がまるで違っている。これまでは水面下のカモぐらいバタバタしていたけど、これならもっとゆったりした流れを作れる? カモしれない?! おもしろーい!

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