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#22 レールを外れた人々の群像劇【ようこそ、ヒュナム洞書店へ】

普通とか一般的とかそういうものを置いてきてしまったのは、いつだっただろうと考えることがあります。
そのことで感じる色々な罪悪感を、どこで拾ってきてしまったのだろう。
違う国でも、同じような苦しみや窮屈さを抱いている人がいる。そんな小説でした。

「ようこそ、ヒュナム洞書店へ」(ファン・ボルム)

2024年本屋大賞の翻訳小説部門で一位を受賞した作品です。

人生で、手放して一番後悔するものは、本当に愛だろうか。
愛だけだろうか。
愛は本当にそんなに偉大なものだろうか。
ヨンジュは愛自体は良いものだと思っていたが、かといってほかの何よりも偉大だとは思わなかった。
誰かを愛さなくても生きられる人もいる。愛だけで生きられる人がいるように。

ある出来事から、深い悲しみを抱えるヒュナム洞書店店主のヨンジュ
エリートになるべく育てられたことに疑問を持つバリスタのミンジュン
無気力になり、全てを投げ出そうとしている高校生のミンチョル
言葉について趣味で研究し、本まで出した元プログラマーのスンウ
夫に執着してしまう自分を持て余すコーヒー豆卸の女性や、理不尽な職場を辞めて心を落ち着けようと編み物をする女性…。
店に集まる人たちは、飛び抜けた才能や財力や何か特別なものを「持つ者」ではありません。普通に生きて、少しつまづいてしまって、少しだけ疲れていて、荷物を下ろしたい人々です。

抱えたものを整理するように、人々はヒュナム洞書店に来て、思い思いに時間を過ごす。
小さな町の小さな個人書店が起こす、小さな奇跡を見ることができます。
初めは傷つき、ぼんやりしていたヨンジュや気力を失っていたミンジュン、それぞれに思い通りにいかない現実に打ちのめされていた人たち。
ヒュナム洞書店で本を読み、コーヒーを飲むうちに徐々に自分を取り戻していく。

スンウの知る限り、「こうこう、こうすれば生きやすくなる」と言う人は、そういうことを言わない人よりも、生きるのがつらいと感じている人だった。
あまりにつらくて、そのつらさから解放されたくて、しきりに方法を考えるのだ。生きることに耐える方法。この先、生きていく方法を。

劇的な展開はないけれど、講演会をしたり読書サークルを作ったり、インスタで話題になったりと小さな動きが心を変えていく様子が描かれています。
穏やかで温かな空間が広がる書店。
コーヒーの香りが漂ってくるような気がします。


「かもめ食堂」や「リトル・フォレスト」のような雰囲気の小説を書きたかった。息つく間もなく流れていく怒涛の日常から抜け出した空間。
もっと有能になれ、もっとスピードを上げろと急き立てる社会の声から逃れた空間。その空間で穏やかにたゆたう一日。

作者のことば


興味が湧いたら、読んでみてください。
では、今日はこの辺で。
ありがとうございました。

いちこ

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