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〔お話〕あおときいろ〜秋〜


 春、中学の入学式の日。

 待ち合わせ場所で会ったもっちは、大袈裟だった。

 「あお、お前、そういやー女だったな。」

 セーラー服にスカート姿。

 はぁと、ため息が出る。朝から、何度、周りから、そう言われたことか…

 「ああ、生まれたときからずっっと女だ、悪かったな!」

 自分だって、滑稽だ、こんなの。なんで、女はスカートなんだよ。足がスースーして、落ち着かないったら。

 もっちと一緒に登校したら、ヒソヒソ声に迎えられた。また、ため息が出る。どうして、一緒に登校しただけで、こうなっちゃうんだろ。

 「もっち、明日からは、ひとりで学校に行く。」

 「おう、そんほうがいいな。」

 だいたい、もっちが好きなのは、妹のきいろだ。本人から聞いてはいないけど、もう、バレバレ。きいろだって、もっちが好きみたいだし。まぁ、似合いだ。ぴったりだ。

 はぁ。また、ため息。今日、何回目だろう…



 中学が始まってから、半年が過ぎた秋のこと。

 もっちとは、すっかり疎遠になった。でも、気の合う友達ができた。同じクラスのみんちゃん。みんちゃんは、小柄で可愛らしい女の子。ちょっと、きいろに似ている。ころころと、よく笑う。自分とは違いすぎて、なんで、自分なんかと、友達なんだろうって、思ってしまう。

 授業の休み時間、みんちゃんが手首を出して、見せてくれたとき、その細さに驚いた。折れたりしないか、すごく心配になる。

 「あおも手首、見せて!」

 恐る恐る、手首を出す。骨格がしっかりしてるから、決して細くない手首だ。

 「あお!ごつい。男の子みたい。びっくりしたよ。」

 ズキン。なんだろ。痛い…

 「うん。」かろうじて、そう言った。

 隣の席のホンダが、こっちに無言で、手首を差し出す。

 ホンダは、自分より背が低くて、スマートだ。あおは、思わず、目をつぶる。見たくない。比べられたくない。

 「俺だって、手首はこんな。あおは、女の子だよ。」

 恐る恐る見た手首、ほんとだ。自分よりちょっとだけ太い。ホッとした。ん?どうして、こんなにうれしいんだ。

 みんちゃんは、「本当だ。あっ、なんか、ごめん、あお。」そう言った。

 休み時間が終わり、数学の授業が始まった。

 隣のホンダを、ちらりと見る。真面目そうな顔をして、ちゃんと授業を受けている。こいつはライバルだ。やたらと絵を描くのが上手いんだ。小学校のときの写生大会、いつも金賞をもらっていた。自分は銀賞ばかり。悔しくて、6年生のときの写生大会では、わざわざ、同じ場所で絵を描いた。神社の境内を狛犬側から描いたもの。だけど、また、負けた。今は、同じ美術部に入っている。

 だめだ。全く、集中できない。窓からは校庭が見下ろせる。モノトーンの小鳥が、て、て、て、て、て、て、と歩いている。かわいいなぁ。ハクセキレイ。この鳥、泳ぐように、飛ぶんだよね。そう、ぼんやり思った。

 ずっと、男みたいになりたかった。男だったら、よかったのにって、ずっと、そう思っていた。お母ちゃんだって、お父ちゃんだって、ほんとは、自分が男だったらよかったのに、って思ってる。泣くことがなく、誰にも頼らずに生きていけるような、そんな強い人になれって。でも、そんな人には、なれそうもないよ。


 その日の放課後、あおは美術室で自画像を壁に貼る仕事していた。先生に頼まれたのだ。ホンダも一緒だ。

 美術部がないときでも、こうやって、わりと美術室に出入りしている。張り出す絵は、10枚ほど。あおもホンダも、選ばれている。ホンダが、俺が壁に貼るというので、素直に任せた。いつもは、背が高い自分がやるって、言うんだけど。あおは、画用紙と画鋲を渡してゆく。

 「なぁ、あお、お前、自画像の耳、ちょっと小さく描いただろ。」

 「えっ!なんで、それ、知ってんだよ。」

 「見たら、わかるだろうよ、そんなもん。」

 あおは、自分の自画像の耳を、ほんのちょっぴり小さくかいた。耳が大きめなのが、恥ずかしかったから。バレたか。

 そういう、ホンダのも見てやろうと思ったら、とんでもなくかっこよく描いてある。あおは、思わず、吹き出した。

 「人のこと、言えないだろ。これ、誰だよ。かっこよすぎだろ。もはや、別人。」

 「あははは。バレたか。まぁ、もともと、かなりいけてますけど。」

 「自分で言うなよ。まったく。それじゃあ、素直にそのまんま描けよ!」

 「あおだって、そのまんま、かけばよかったのに。」つぶやくような声。

 「ん?なんか言ったか?」

 「いや、なんも。」

 開いた窓から、部活動に励む声が聞こえてくる。ふたりの間を、柔らかな秋風が吹き抜けていった。

 「あっ、キンモクセイの花が咲き出したみたい。」

 「ふぅん。あお、花が好きだもんな。」



写真の折り紙は、キンモクセイです。エトさんおすすめ動画を見て、作ってみました。

エトさん、ありがとうございます♪



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