〔お話〕あおときいろ 〜夏〜
「一緒に連れてってやんなさい!」
お母ちゃんに、そう言われたら、もう、連れていくしかない。
あおは、しぶしぶ、うなずいた。納得はしてなくても。きいろは、笑顔だ。その笑顔が、今日は、憎たらしい。
待ち合わせ場所の、たばこ屋に着いたら、もっちは、もう来ていた。
「あお!おっせーぞ。えっ!きいちゃんも一緒?」
あおは、ふてくされたままだ。もっちは、それで、悟った。
「あお。児童館までいこうって言ってたけど、きいちゃんには、無理だよな。どうする?」
児童館までは、自転車で15分ほど。自転車に乗れるようになったばかりのきいろ。児童館まで、乗れるだろうか。
「いく!きいちゃんも、じどうかん、いく!」
あおはしばらく考えて、きいろに言った。
「よし、いこ!ただし、ちゃんと、ついてこいよ!」
もっちが不安そうに、あおを見る。声なく、パクパクと口が動く。
「む・り・だ・ろ!」
あおは、わかってて、それを無視する。そのまま、自転車にまたがると、いきなりスピードを上げた。きいろは、慌てて、自転車に乗り、後を追いかけた。もっちは、ため息と共に、きいろの後に続く。
長い一本道、車通りもない、農道。あおは、これでもかと、自転車のスピードを上げていく。後ろを振り返りもせず。
「あっ!」もっちが叫んだ。あおが振り返ったとき、きいろは自転車ごと、転んでいた。
「きいろ!」
あおは、その場に、自転車を投げ捨てると、かけ寄った。
きいろは、ぼうぜんとしていたが、あおの顔を見たら、泣き出した。
スカートから出た膝小僧。血がにじんでいる。あおは、深いため息をついてから、
「きいろをおぶってくからさ。もっち、悪いけど、きいろの自転車、押してってくんない?」
そう言って、きいろをおぶって、歩き出した。その後を、もっちは黙って、自転車を押してついていく。きいろの泣き声だけがきこえる。
うちに帰ったら、しこたま、お母ちゃんに叱られた。
そう、わかっている。悪いのは自分だ。それでも、素直に謝れない。
あおは、「自転車を取ってくる」と言って、その場から逃げ出した。もっちも一緒に。
自転車の場所に着いた。あおは自転車にまたがり、うちとは反対方向に走り出す。
「どこに行くんだよぅ。」
「空き地!」
つっけんどんに、そう叫んで、あおは、また思いっきり、自転車を漕いだ。
空き地に着いた。自転車から降り、空き地の端にある、コンテナの上に登る。ここに寝そべって、空を眺めるのが好きだ。
うす曇り空。雨は降らない予報。ちょっと、晴れてきたか。しかし、暑い。下も熱い。でも、それが、今は気持ちいい。
あおは、寝転んで、空を見上げた。あの、もくもくの雲に、いっぺん、乗ってみたいなぁ。
あぁ、空はでっかい!自分はちっちゃい!だから、自分の悩みは、うんとちっちゃいんだって、いつも思う。うん、たいしたことない。
きいろ、痛そうだったなぁ。ほんと、悪いことした。骨とか、大丈夫だったかな。また、泣かしてしまった。でもさ、でもさ…
「あおぉ。」
息を切らしながら、もっちが、よろよろと、コンテナに登ってきた。
「どうしたんだよぉ。追いかける、こっちの身にもなれっての。」
「別に。」
あおは、ごしごしと顔をぬぐいながら、反対側を向く。もっちは、反対側に潜り込むと、「ははーん、そういうことか」と言って、笑いながら、あおの頭をぐしゃぐしゃと、なでた。
「大丈夫、大丈夫。きいちゃんは、大丈夫。」
あおは、飛び起きて、「なんだよぉ!」と、もっちの手を、払いのけた。もっちは、きょとん。
「だって、心配だったんだろ。おまえ、泣いてるし。」
「泣いてなんか、なぁい!」
「あははは。まぁ、そういうことにしておいてやるよ。」
もっちには、隠し事はできねぇな…あおは、ひっそりと、そう思った。
それから、ふたりは黙ったまま、寝そべって、しばらく空を眺めた。
雲って、いろんな形してる。そんで、いろんな色があるんだな。
自分の気持ちもいろいろだ。そうした方がよくたって、やりたくないことだって、ある。でも、やらなかったら、かっこ悪い。めんどい。考えたくない。でもな、でもな…
やっぱり、帰ったら、きいろに謝ろう。謝れるかな…
「腹減った。帰ろ!」
あおは、そう言い放って、コンテナから、するすると降りた。
振り返っても、もっちはついてこない。
ん?
「あおぉ。おれ、降りらんねぇ。」
覗いたもっちの顔が、あんまり情けなくって、あおは吹き出した。そうだった、そうだった。もっちは高いところがダメだった。
「しょうがねぇなぁ!」