【備忘録】小さくて大きな自分
ここ1ヶ月くらいの間に色々な心境の変化があった。
先日「誘導瞑想」というものを受けた。呼吸を整え脱力した状態で、第三者に声で導いてもらう形で深層心理にアクセスするというもの。
自分は、普段ささいなことで極端に自信を失ったり、過度に反省しすぎる癖がある。
そのような”悩み”の大半は、幼い頃の出来事が原因であることがあるらしく、
無意識下のそれらを探る目的で「”小さな自分”と対話をする」ことが瞑想のゴールだった。
全身の力を脱き、ほぼ寝ている状態で誘導者の声だけ聞こえた。
「体の中心に意識を向けたとき、”小さな自分”の姿と、それがいるのはどんな場所かを具体的に想像して」
という指示のとおり、イメージを働かせた。
最初ははっきりしなかったけど、そこは中学校の時に吹奏楽部で使っていた音楽室になった。
窓からは美しい夕日が差し込んでいて、その教室の隅っこには、ひとりでうずくまっている”小さな自分”がいた。
そこからは誘導者の指示に従い”小さな自分”との対話を試みた。
「どんな感情を抱いているように見えるか?」
小さな自分は、ひどく落ち込んでいるようだった
「自由に対話をしてください」
なぜ落ち込んでいるのか?と聞くと、中学生の私は答えた。
ある日の合奏練習で、顧問の先生が来る前に、コンサートマスターとして全員の楽器のチューニングを合わせていた。
しかし音程の高低を機械に任せていた私は、顧問の先生に「コンマスのくせにピッチの高低すらわからんのか」
とみんなの前でクビ宣告をされた。
それがひどくショックで、ここにこうしてうずくまってるんだと言われた。
27歳の私は、今までそんなに大きなこととして覚えていなかったけど、当時の私にとっては世界の終わりにも等しいほどの恥と悲しみだったということを思い出した。
「当時あなたが、周りからかけてほしかった言葉を、今かけてあげてください」
どう声をかけてあげればいいのか分からなかったので、反対に”小さな自分”の目線になり、”27歳の自分”を見上げた時、なんと声をかけてくれるのか、を待ってみた。
そうすると27歳の自分は
「大丈夫、大人になった君はちゃんとカッコ良くなってるよ」
と答えた。
「声をかけたら、小さな自分を抱きしめてあげてください」
夕日が差し込む音楽室で、ワイシャツを来た細い中学生の私を抱きしめて、自分の胸のなかに入れた。
目を覚ましたとき、小さな自分にかけた「大人になった君はカッコ良くなってるよ」という言葉に、自分でも驚いた。
普段、自分はすぐに周りと比較して自信をなくし、ネガティブに陥る。
自分にいいところなんて一つもないんじゃないかとさえ思えて、見た人を威嚇するようなイラストを描いてみたり、ピアスを開けてみたりと
他の人と違うところを作って、自信のなさを誤魔化しているに過ぎないのではないかと思ってしまう。
しかし深層心理のなかで、おそらく自己肯定感の低さがピークを迎えていた中学時代の自分の目線から、いまの自分を見ると、なぜかとても安心してしまった。
いま、27歳になっても自己管理能力が周りの人間と比べて欠如しているように思えてならず、自己否定を繰り返していることに気づいた。
しかし、どうにもならないことは、どうにもならない。
あのとき、みんなの前で赤っ恥を食らっても顧問の先生に言い返せなかったダサい中学生と比べたら、少しは大人になれているだろうと思う。
その成長の差分に目を向けたい。
もしくは、37歳になった自分の目線に立ち、「10年後の君は、さらにかっこいいぞ。」と言ってあげようと思う。
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