新任指導主事が直面する「リアリティショック」(中編)
前回の記事では、新任の指導主事が直面する「リアリティショック」と、それが「学校」と「行政」との組織や文化の違いに起因するということについて書いた。今回はその続きである。
教育委員会の指導主事というと、
「授業研究会や研修のときに講師をする人」
という程度のイメージしかもっていない教員が大半だと思う。
「指導主事って、こんなことまでやるのか⁈」
という具体的なことについては、実際に自分がなってみないとわからないものである。
学校現場の場合にも、命に関わるような事故、教職員の不祥事、児童生徒による暴力や犯罪、重大事態となるような「いじめ」をはじめとして、対応に苦慮したり慎重を期したりする事案が年に一度くらいはあるものだ。
しかし、100を超える学校を所管している教育委員会であれば、そうした報告がほぼ毎日のように持ち込まれ、時には複数の事案に並行して対応をする必要も生じるのだ。そのなかには、教員を務めているかぎりは絶対に出会わなかったような事案も含まれる。
・・・かつて生徒指導担当の指導主事だった知人の言葉を借りれば、
「殺人以外の事案には、ほぼすべて関わった」
という状態なのだ。
部署によっては、指導主事が保護者や市民に直接対応をすることもある。その代表的なものが「電話対応」だ。
新任の指導主事が、こうした電話に対応する「当番」を任されることも多い。かかってくる電話の内容はといえば、
「吹奏楽部の練習の音がうるさい」
「炎天下で体育の授業をやるのは、いかがなものか」
といった内容から、
「〇〇部の顧問の言動はパワハラだ」
「ウチの子どもが、いじめの被害にあっている」
といったものまで様々だ。
こうした電話の内容には、単なる誤解や実現不可能な要望なども含まれている。しかし、学校が抱える重篤な事案の早期発見や早期解決につながる情報が得られることも少なくない。
1回の通話が2時間を超えるようなこともあるし、電話口で激しく罵倒されることもある。それでも傾聴をする必要があるのだ。
ほかにも指導主事の仕事のなかには、議員との接触、他の部署・他局との折衝、マスコミや弁護士等との対応など、教員時代には経験したことのない内容も数多い。
事案への対応を含めて、様々な「教員時代には経験したことのない」業務に対して、「真面目に」「誠実に」対応をすることは大切だ。しかし、仕事に熱心になるあまり、そうした対応に「没入」してしまうことには、メンタルを削られる危険も伴う。「没入」をせずに「客観性」を保つ必要があるのだ。
指導主事時代に、私がメンタルを健全に保つために心がけていたのは、
「これは仕事ではなく、RPG(ロールプレイングゲーム)だ」
と、自分をゲームの登場人物に見立てて客観視してみることだった。
これによってメンタルを保てただけでなく、
「このルートは間違っているかもしれない」
「あのアイテムが必要だ」
と、解決に向けたヒントが得られたことも一度や二度ではない。
・・・現在、後進の指導主事に勧めているのは、
「これはコントだ」
と考えることである。『佐久間宣行のずるい仕事術』(ダイヤモンド社)のなかで紹介されていた方法を参考にしたものだ。
どうしても嫌いな人と仕事をするとき、おすすめの方法がある。
僕が苦手な人と話さなければならないときに編み出した、相手とのやりとりを不毛なバトルに発展させないためのテクニックだ。
その人と対面した瞬間、心の中でこう唱える。「コント:嫌いな人」。
そう、芸人がコントをはじめる前に言うタイトルコールだ。
「コント:性格の悪い人」
「コント:自己中クライアント」
「コント:メンツおじさん」
コールを入れるだけで、自分と相手を客観的に眺められるし、「相変わらず理不尽! 後でどうやってネタにしよう」とおもしろがることもできる。
そうすると余裕ができて、失礼な態度を取ることも応戦することもしなくなる。
太字も原文のまま
指導主事であれば、
「コント:マスコミ対応」
「コント:突然の残業命令」
「コント:苦情の電話」
等々、「ネタ」はいくらでもある。
ただし、あくまでも「脳内」でコントをすることが必須である。
間違っても当人を前にして、
「コント:話が長い校長」
などと声に出してはいけない。
・・・こうした方法に加えて、ときには、
「世の中には、『平行線』のままで解決ができない問題も存在する」
「指導主事として支援や助言をすることはできても、最終的に決断し、責任をとるのはその学校の校長である」
というドライな考え方をしてみることも、指導主事にとっては必要だと思う。
ここまで、主に指導主事業務の「負の側面」について書いてきた。だが、その仕事はもう一方で「やりがい」にも満ちている。
(つづく)