④決定
組織診後、結果を一週間後に聞きに行く。
日常の、ふとした瞬間に思い出しては「大丈夫大丈夫」と自分に暗示をかける。
そんな一週間を過ごした。
2020年4月1日。
病院へ着くとママ友からLINE。
「今、ロビーにいるよ、どこ?」
もう、あの人ったら!!
昨夜、泣き言を漏らしたママ友だ。
彼女は15年ほど前に乳がんの手術をしている。
誰にも言えなかったけど、彼女にだけ伝えることが出来た。
折しもコロナ騒動が大きくなってきた頃で、病院に付き添うという彼女の申し出を断ったのが昨夜。
「もう!いいって言ったのに!」
「大丈夫、完全防備で来たから」
彼女の顔を見たら、朝から張り詰めていた緊張が解け、涙が出た。
なるべく人の少ない場所を選び、診察を待つ。
「お願いがあるんだけど、手、握っていい?」
私は長女で甘えることが昔から苦手だ。
でもこの時、私は初めて弱いところを人に見せたと思う。
不安で冷たくなった手を、彼女は握ってくれた。
あったかいなあ。
人の手はあったかい。
冷え症とか、そういうのどうでもよくて、心の温かみが感じられる。
安心するって、こういうことなんだな。
名前を呼ばれ、私は彼女の手を離し診察室へ一人向かった。
「やはり乳がんでした」
正直、その時の先生の話はあまり覚えていない。
多分こんな感じで伝えられたんじゃないかと思う。
おじいちゃん先生は達筆で、検査結果が書かれている用紙に「グレード1」と書いた。
グレードってなんだ?
ステージと違うのか?
頭はぼんやりとしているが、口がカラカラで開かない。
「水を、飲んでも、いいですか?」
やっとの思いで伝え、水を口に含む。
「びっくりしちゃったよね」
うん、いや、もう予想はしてたけど、なんていうか、頭も体もついてこない、みたいな、そんな感じっす。
そんな言葉を飲み込み、「はい」とだけ答えたような気がする。
「手術日を決めようか」
え、もう?
「4月23日ならいけるよ、どうかな?」
「はい、、、」
「では予定を入れますね。今日はこれから時間ある?手術のための検査を幾つかして欲しいんだよね」
はあ。
自分の頭とは別にどんどん進んでいく。
なにこれ。
私のこと、なんだよね?
診察室を出るとママ友が心配そうに近寄ってきた。
「長いから心配したよ」
そんなに時間経ってたのか。感覚では5分くらいだったけどな。
「手術のための検査うけるんだって」
「そっか」
ママ友は全てその言葉で察してくれた。
CTと血液検査を受ける。
痛みには強い方なので血液検査くらいなんともないけど、私は狭いところが苦手なのだ。
10年前にパニック障害を発症してからは、狭いところは気が狂いそうになる。2年前に薬は止められたが、特有の恐怖感は未だに癒えることがない。
この日もMRIを受けるはずだったのだが、先生にそれを伝えると
「ああ、うんうん、あれはイヤだよね、僕も受けたことあるけど、なかなか音がすごいからね」
わがまま言ってんじゃねーよ的にあしらわれると思ったのだが、おじいちゃん先生は優しかった。
「じゃあなるべく受けない方向で。」
果たしてそれでいいのかどうか疑問にも思ったが、とりあえず目先の恐怖は回避できた。
テレビとかで見る「がんの告知」って、もっと深刻で本人に伝えるか否かとか、そこから問題があったような。
今は違うんだね。
さらっと聞いて、さらっと手術日が決まっちゃったよ。
この日、私が普通にしていられたのはママ友のおかげだ。
病院帰りにお茶でも、と思ったが、「とっとと帰って休んで!」と家の玄関まで送られてしまった。
本当に、どこまでも優しい友人。
ありがとう。
大好きだ!!
夜、家族に連絡をする。
両親と兄弟と元夫。
息子には一番に伝えた。
「そうなんだ」彼はそれだけ言った。
多分、いろいろ思うところはあったと思う。でも元々ワーワー言うタイプじゃないし、淡々と言うところは彼らしい。
「手術、怖いなー」
「そりゃそうだろ」
どこかの誰かの話をするみたいに、お互いさらりと会話した。
妹にはLINEで伝えた。
すぐに電話が来た。
「ちょっとびっくりしたわよ!」
でしょうね、てか、私もびっくりしてるわ(笑)
お父さんとお母さんは無理だろうから付き添いとかするからね、と妹は言ってくれた。
コロナ騒動でリスクの高い両親を連れ出すわけにはいかないもんね。
なんでも一人でやんなくちゃいけないんだな。
こんな時、ポンコツ長女はヘタレで困る(笑)
その点妹はさすがだ、私よりのんびりしてる性格だと思うのだが、いざという時は本当にテキパキと動く。
ありがとう。お姉ちゃん頑張るよ。
びっくりしたのは元夫が献身的だったこと。
まだなんとなくぼんやりしていて実感のない私に
「大丈夫!」
「絶対治るから!」と励ましてくれた。
そうだよな、がんって、そういう病気だよな。
「セカンドオピニオンを探そう。心当たりを聞いてみる、病院探そう」
ああ、そうか、そんなシステムあったなあ。
またしても、私の心と体を置き去りにして物事がどんどん先に進みだした。