美意識(アート思考)と理学療法
はじめに
おはようございます。久しぶりに投稿しますが、また自分のペースで引き続き投稿していければと思います。
今回のテーマは「美意識と理学療法」というテーマです。
急激に世界が変化する中で、今自分なりの価値観を持つ「美意識」が注目される時代になるそうです。
話の内容としては、まず世界は今後どのような時代になっていくのかという視点と、そこから理学療法士としての世界はどうなっていくのかを考えていきます。今後の臨床の考え方の参考になれば幸いです。
なぜ、アートの視点が重要になっていくのか?
これからは美意識を大事にする、つまりアートの時代が来ると思います。なぜアートを学ぶと良いかというと全部で3つあります。
これからは文明ではなく、文化の時代が来るから
時代が変化していく中で、自分の価値観で判断することが求められるから
エビデンス、サイエンスに頼り過ぎるといつか不正が生じるから
1つづつ、紹介していきますね
これからは文明の時代ではなく、文化の時代になるから
歴史を見てみると、人間の歴史は文明が発達する時代と、文化が発達する時代があります。
ここでいう文明とは人々の生活が便利になること「役に立つモノができる」、文明とは人々が自分の考えを発信したりすること「人にとって意味があるコト」を指します。
例えば、織田信長が活躍した安土桃山時代は銃による戦い方の発達や楽市楽座の発達し、文明が発達し、その後千利休らによるお茶の文化が発達しています。
またヨーロッパなどでも産業革命で人々の生活が便利になった後に、美術や演劇などの文化が発達していきます。
では現代は文明が発達する時代でしょうか?それとも文化の時代でしょうか?
戦後の高度経済成長期により、人々の生活は便利になってきて、「文明の時代」が進み、現代は次の段階である「文明の時代」になってきてると考えられます。
ではどんなことが文明として発達しているのでしょうか?
例えばYouTubeで自分の考えを発信したり、LGBTなど「自分らしさ」を発信することなどが挙げられます。
これからは自分にとって「何が意味があるか」、アートな視点で物事を考えていくことを求められる時代になるということです。
時代が変化していく中で、法律やルールが追い付かないから
次に、法律やルールの観点から、美意識を学ぶ必要があります。
基本的に法律やルールは、何か事件や問題が起こってから決めていくものです。
例えば、飲酒運転の事故が起こった後に厳罰化されたり、最近でいうと宗教団体の子供世代の救済措置などです。
これからはさらにインターネットなどの発達により様々な情報が得られるようになります。
つまり、法律やルールに従って動こうとすると自分では判断することができない人間になり判断(行動)が遅くなるし、美意識がないと後々問題になってしまうような行動をしてしまう可能性があります。
こういった点から美意識をもって自分なりの考え、価値観で判断していくことが求められます。
エビデンスやサイエンスに頼り過ぎると、いつか不正が生じるから
また、エビデンスやサイエンス、つまり数字や売り上げを目標にし過ぎると、それを達成するために不正が生じるという問題点があります。
例えば産地を偽って販売したり、部品の不備がありながら商品を販売をしたりなどです。
これからはこういった不正を防ぐために思考の根っこに「役に立つ」かどうかよりも「意味があること」を考えて、行動をしていく必要があります。
ここまで紹介したことがこれから変わっていく時代の考えです。
理学療法士の世界に当てはめると、どのようなことが言えるのでしょうか?
私の考える理学療法士の展望
ここからは私の考える理学療法士の展望について書いていきます
研究や運動器リハの単位などをサイエンス、逆に臨床である言語化するのが難しいものをアートと定義して紹介していきます。
私の考える理学療法士の世界はこんな感じです。
研究が進んでいく中で、みんなが画一的なリハビリをするようになる
これからは「強い組織」よりも「強い個人」が求められる
エビデンスに従いすぎると面白くないリハビリになる
それぞれ紹介していきます
研究が進んでいく中でみんなが画一的なリハビリをできるよになる
まずはプラスの面として研究が進んでいくことで医療行為の水準があがり、いろんな患者さんに質の高いリハビリを提供できるようになることです。
新人でも、ベテランの理学療法士でも提供するリハビリの質が向上していきます。
これからは「強い組織」よりも「強い個人」が求められ、単位を基準にすると不正が生じる
逆にデメリットとしてみんなできるということは、みんなの印象が薄くなってしまうというデメリットもあると思います。
個人の力が薄く、売り上げや単位を上げるのが最終目標となってしまうとやはり単位の水増しなどの不正が生じることもあると思います。
この画一されていくなかで、理学療法士として生き残っていくには強い個人、つまり自分の強みをもつ理学療法士が求められるのではないかと感じています。
まとめると、「役に立つリハビリ」よりも「意味があるリハビリ」をできる理学療法士が活躍していくのではないでしょうか?
サイエンスに頼り過ぎると、面白くないリハビリになる
これも私の完全な主観ですが、サイエンスに頼り過ぎるリハビリだと、「重錘を使って、この角度で何回、、、」といったリハビリになると思います。
これだと患者さんからしたら「面白くないなー」と感じると思います。
実際に患者さんに言われたこともあります、、、。
あとは患者さんが自宅や自分でできるかというと、かなり困難だと思います。
なので、サイエンスに頼り過ぎることなくサイエンスと反対の位置にいる、アート思考のリハビリをやっていくことも大切だと思います。
アート思考のリハビリとは?
ここからはどんなリハビリが「意味のあるリハビリ」なのでしょうか?
僕はずばり、患者さん自身に気づきをもってもらうようなリハビリが「意味のあるリハビリ」だと感じます。
そして、自分のことを内観するような運動療法を指導することがアートだと思います。
僕は今運動療法、ピラティスを軸に患者さんにリハビリをしています。
徒手療法や、セラバンドや重錘などのリハビリが多い中、このピラティスは患者さんが自分自身で考えて動いてもらうので「意味のあるリハビリ」になっていくと思います。
総合病院などでは長時間の臥床により筋肉の量が足りないため、まずは量を増やすことが重要だと思いますが、外来などでは自分でやってもらうことが重要なので「意味がある」リハビリが重要だと思います。
まとめ
今回の記事をまとめると、
これからは世界的に「文化の時代」になっていく
急速に変化していく中で、自分なりの考えをもって行動することが重要
数値を最終目標にすると、どこかで不正が生じる可能性があるから
リハビリの研究が進むぶん、提供するリハビリの質が上がり、個人の力が求められる時代になる
単位を最終目標にすると、いつか不正が生じる可能性がある
意味があるリハビリとは、「患者さんが自分自身の体に気づきを見つける」リハビリ
これからも自分の美意識をもち、サイエンスとアートが融合した「意味があるリハビリ」を提供できるように精進していこうと思います。
みなさんの臨床の参考になれば幸いです。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。