「ちゃんとしなければ」という思い込みで勝手に疲弊する性格
具体的なストレスは少ないのに、いちいち疲弊しがちな29歳女です。
認知行動療法に取り組んでいると、とくにスキーマ(信念・思い込み)は考え方や行動の全てに関わってくるなぁと思わされる。
昔から自覚のある自分の特徴として、
初対面の人と何を話したらいいか分からず後から落ち込む
協調性が求められる場面で臨機応変に動けずぼーっとする
立食パーティーの所作が難しく感じて、同じ人とたくさん喋ったあと適当に帰ってしまう
少し高いご飯屋さんに行くと過剰に緊張して味が分からなくなる
人の家に行くときの手土産や人の誕生日プレゼント、母の日、父の日の贈り物、結婚記念の品は何が適切なのか分からなくなり結局何も買わずに終わる
急な変更に対応できず、あたふたして無能として終わる
構想した企画やサービスを世に出さずに終わる
こんな感じである。
すべてに共通するのは、ちゃんとやらなきゃいけない(ちゃんとした人として見られなければいけない)という思い込みがあること。
思想だけ完璧主義で八方美人、と言ってもいいかもしれない。
思想だけというのがポイントで、行動ベースでも完璧主義なわけではないし、八方美人なわけでもない。
まだ行動ベースで完璧主義だったらメリットがあるかもしれない。クオリティが高いとか、印象が良いとか。
でもわたしは行動ベースで完璧主義なわけじゃないから、この性格を現実世界に役立てることはできていない。よって、本当にメリットがない。
ちゃんとやらなきゃ→でもちゃんとできないや→もうどうでもいいや→放棄
こんな流れで、思いついたのにやらずに終わることがたくさんある。
このようなデメリットしかない思想だけの完璧主義から脱却するにはどうしたらいいのか。
思いつくひとつめの方法は、「適当にやったけど別に大丈夫だった」という経験を積むこと。
初対面の人とは接点を持つだけで今後のプラスになるから合格だし、
全員がテキパキ完璧に動かなきゃいけない場面は(医療従事者とかじゃないから)そんなにないし、
ベストではない手土産を渡しても喜ばれるし、
マナーなんてよほど悪くない限り許されるものだし、
そういう経験を積み重ねて、少しずつ思い込みを解除していくしかないと思う。
ふたつめ、自分が受け取る側で考えると大丈夫なことがより分かる。
「誕生日プレゼントでベストなものをもらわなきゃ許せないか?」と自分の心にたずねると、
「全くそんなことはない。もらえる時点でもはや何でも嬉しいし、好きな系統のものなら嬉しいし、知らないものなら知見が広がるし、基本的に何でも嬉しい」と答える。
「初対面で最高のコミュニケーションをしてもらえないと許せない?」と自分の心にたずねると、
「高級な接客業でもないから別に問題ないし、また何かの機会に接点が出てきたら話しかけやすいから、一言でも話せればオッケー」と答える。
他人目線で考えると、全然問題ないことばかりである。そもそもこんだけ気になる性格である時点で、致命的なミスはしないと思われる。だから思想の完璧主義はやめて、適当に世の中に出ていったほうがいいと思う。
追記 6/18
いつもより反応をいただけて、似たような仲間がたくさんいるんだなぁと感じました。もっと外に出掛けて、人がどんなことを思ってるのか、どんなことに困ってるのか知っていくことで、自分がどう役立てるか考えられるんだろうなと思いました。今はまだ内にこもりすぎだ。
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