わたしの本棚151夜~「あちらにいる鬼」
11月に廣木隆一監督で映画化されるので、原作を読んでみました。作家井上光晴さんと妻、愛人であった瀬戸内寂聴さんをモデルに長女の井上荒野さんが描いた長編で、どこまでが事実かわからないですが、かなりセキララに描かれています。本の宣伝インタビューで荒野さんが答えていたのですが、「寂聴さんは本当に父を好きだったんだなあ、というのがわかってもらえます」との言葉に同意でした。一人の男性をめぐって、妻と愛人に同士のような感情が芽生えてくるのは、本を読む前は理解不能でしたが、読み終えた今、妙な説得、共感に変わっていました。愛することの奥深さを問うた、面白い本であり、家族のかたち、というものも考えさせられました。
☆あちらにいる鬼 井上荒野著 朝日新聞出版 1600円+税
1、主要な登場人物
白木篤郎・・・井上光晴がモデル、映画では豊川悦司が演じます。
長内みはる・・・瀬戸内寂聴がモデル、映画では寺嶋しのぶ。
笙子・・・白木篤郎の妻、映画では広末涼子。
2.あらすじ
みはると笙子の両方の視点から描かれています。みはるは、白木氏との出会いから不倫関係に陥った7年間、その後の出家、白木家との付き合い、置いてきた娘との再会、愛人だった真二さんとのこと、そして、白木氏、笙子さんの死。
笙子は、白木氏にたくさんの女性をみながらも、粛々と家事をこなし、白木の原稿を清書します。家まで押しかけて来る白木を慕う受講生への対応、みはるが読む白木の弔辞、自身もすい臓がんで倒れるまで、娘への愛情こまやかに描かれます。
3.愛し方の多様性
帯文を瀬戸内寂聴さんが書かれています。「モデルに書かれた私が読み、傑作だと、感動した名作!!作者の父井上光晴と、私の不倫が始まった時、作者は五歳だった。(中略)百も千もおめでとう」手放しの賛辞です。実際、物語でも瀬戸内寂聴氏をモデルにしたみはるは、不倫相手の子ども海里(井上荒野氏がモデル)がF新人賞(フェミナ新人賞がモデルだと思われます)受賞時から、喜び、彼女が作家になるのに温かな応援を続けます。
井上氏が、寂聴さんの着ている着物を「うちの奥さんに似合いそうだ」というと、妻に譲り、その着物を着て井上氏の妻は娘の直木賞受賞パーテイに出たというエピソードも描かれています。読む前は、考えられなかった現象ですが、昔、好きな人を育ててくれたからその男の母親を好きになれる、といった姑さんへの愛し方を言った人がいましたが、寂聴さんの井上家への愛はそんな愛なんだろうな、と思いました。
一方で、井上氏の妻(笙子さん)の夫への愛し方には唸りました。愛した夫の愛人たちに、声を荒げるでもなく、淡々と対応していく姿は、凄いなあ、と。
先日、友人たちと、「愛する」の反対はなんだろう、という話になり、「憎む」「殺したい」とある一方、「無関心」といった友人もいました。
人を愛する、といっても多様だなあ、そして家族のかたちも。この本を通して、改めて思ってしまいました。映画では、みはる(寺嶋しのぶ)さんの剃髪から始まるそうで、どんな風な愛し方を描いているのかそちらも楽しみです。