
わたしの本棚52夜~「蜜柑」
芥川龍之介の短編小説のなかで、一番好きな小説です。わたしが持っている文庫本は、表題作の「舞踏会」と「蜜柑」を含め16の短編を収めています。昭和55年1月発行の第18版で、値段はそのときの価格です。今では文庫本の紙がセピア色に変色してしまいましたが、「蜜柑」は何10回と読んだ小説です。
☆「蜜柑」芥川龍之介著 角川文庫 260円+税
文庫本で5ページ足らずの短い掌小説です。横須賀発の列車に乗った主人公の私。何度読んでも汽車から蜜柑を投げる光景に胸がいっぱいになります。退屈な主人公の私が目にした、貧しい女性と弟たちと蜜柑。多くを語らずに、描写だけで、じんわりと思いを伝えくれる手法です。
暮色を帯びた町はずれの踏切と、小鳥のように声をあげた3人の子どもたちと、そうしてその上に乱落する鮮やかな蜜柑の色と・・。わたしもまた主人公と同じ、この光景を読んで、退屈な人生をわずかに忘れることができたのかもしれません。