イラン映画「英雄の証明」を観て
アスガー・ファルハディ監督の作品は、アカデミー賞国際映画賞を受賞した「別離」「セールスマン」ともに好きで、今作品も公開を楽しみにしていました。2作品ともに、観たあと、イランの政治や法律を知らなかったこともあって、思い込みが変わってしまいました。しかしながら、根底には普遍的な人間の多面性が描かれており、人間の描き方が秀逸でした。今作品も、SNSを使ってあぶりだされる主人公ラヒム(アミール・ジャディディ)の善悪、英雄なのか詐欺師なのか、といったものが根底にありながら、イランの収監制度などを知って、今までの思いこみが変わりました。
1.盗作疑惑からの思い込み
今作品は、第74回カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞、第79回ゴールデングローブ賞ノミネートされていながら、アカデミー賞国際映画賞にはノミネートされませんでした。経緯はわかりませんが、現在、盗作疑惑で元受講生から訴えられているそうです。
先に訴えたのはファルハディ監督の方で、「盗作疑惑と吹聴された」と名誉棄損と虚偽告発で、ファルハディ監督が講師を務めた映画製作講座の元受講生の女性を訴えましたが、無罪判決。(有罪になれば、最長2年の投獄や74回の鞭打ちの刑)今度は、訴えられた女性が、自身の課題作品と設定が酷似していると主張し、逆に監督を訴えました。係争中だそうです。
ファルハディの盗作が認められた場合『英雄の証明』が上映・配信で得た収益はすべて女性側に渡すことになり、ファルハディ監督が投獄される可能性もあるそうです。
彼女の作品はユーチューブで公開されており観れますが、確かに着想は似ています。同じように、シングルファザーが落し物を拾って届けることによる展開であります。しかし、具体的な切り取り方は違っています。「抽象と具体」で、日本では、具体的に同じところが盗作と言われてしまいます。イランでは抽象度が同じなら盗作疑惑になるのか、と思ってしまいました。
そして、74回の鞭打ちの刑というのは惨い刑罰だなあ、と今でもそんな刑罰があることにびっくりしました。
2、SNSの光と闇
主人公ラヒムは借金の罪で投獄されます。しかも、休暇といって、数日は帰ってこれるのです。日本にはない、罪状、制度であり、思い込みでみるとわかりづらいです。そして、この国では、ラスト近くで出てくるのですが、死刑囚の施行も保釈金(お金)で中止されるのです。
SNSの光と闇は、イランだけでなく、どの国でも起こることであり、誰でも発信できる、というのは時として怖いものだなあ、と義兄の娘の動画投稿などで思いました。世論というかそれにともなう意見が、主人公ラヒムに与えられていた慈善団体からの寄付金まで巻き上げてしまうのですから。
3、あらすじ
離婚した嫁の兄からの借金が返せなくなり収監されている主人公ラムヒは、休暇中に新しい恋人が17枚の金貨を拾ったことを告げられます。金貨1枚は換金すれば、430万円の価値があるそうです。恋人はこのお金でラムヒの出所を助けようとしますが、ラムヒは持ち主を探して返すことにします。その善行が新聞、テレビで取り上げられて、彼は一躍、善行の囚人として有名になります。慈善団体から、彼の出所を助けるために寄付金まで集まります。ところが、新しい職場の上司になる男は、本当の話かどうか、金貨の持ち主を連れてきて証明しろといいます。金貨を落として返した女性がどこの誰だったかわからず・・。やがて、ラムヒのつくり話ではないか、とSNSで世論が高まります。父の無実を訴える、罪のない吃音症の息子まで巻き込んで。
4.感想~思い込みが変わったこと~
いつもながら、ファルハディ監督の人間の描き方は、上手いなあと思いました。主人公ラムヒは英雄なのか詐欺師なのか、といった単純なコピーではなくて、ちょっとしたことで、これは全ての人間がそうですが、どちらにもなるというのが伝わってきました。小さな嘘や隠し事がほころんで、どんどん悪い方へ行く展開の一方で、息子には優しい視線を投げ自分が犠牲にもなります。ラムヒに限らず、人間というのは、本当に多面であり、前半のこんな男だという思い込みは後半に変わってしまいます。
イランの投獄制度やお金による刑の減免などは、知らなかったら、日本と同じと思い込んでしまったら大きな勘違いを生じます。映画を観て、その国の文化や制度にふれることは、思い込みを変えることにもつながります。
「別離」「セールスマン」に続いて、今作品も人間の描き方が上手いなあと思い、イランの文化や制度にふれて、思い込みをかえてくれ、世界を広げてくれた作品でした。(画像は公式サイトから借りました)
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