季節の花
地元のドラッグストアで、ピンク色と黄緑色のワックスを指さしながら、僕たちは何度か腕を組んだ。どちらにも「hard」とあるが、もう一つの要素が異なっていたのだ。
「美容院の人は、君にはhardが合うって言ってたんだよ。で、このglossとwaxってなに。ワックスって全部waxじゃないの?」
「waxはマットな感じになって、glossはツヤ感が出るって感じかな」
「ここの説明書き読んでるだけじゃねぇか」
商品の上にサンプルがあって、ユイは「ちょっとつけてみなよ」と言った。
ピンク色のキャップに手を伸ばして、僕は人差し指でひと掬いした。ワックス特有(僕のイメージ)のクリームっぽい白さに、少し恥ずかしくなって辺りを目の端で見回した。服を買いに行ったときはどんな場所でも気になったものを引っ張り出して、値段を見てから試着するとか、コーヒーショップで初めて口にするような長いものを注文してみたりとか、苦手と言われがちなコミュニケーションやチャレンジを僕はなにも不得意に感じることなくて、あれやこれやと進んでできるタイプだったが、ワックスだけだと思う、ここまで意識的に避けてきたのは。
早くって、と急かすユイの表情に圧されて僕は搔き上げるように両手を髪にあてるが、「違う!」と一蹴されて、結局彼女に付けてもらうことにした。
ドラッグストアを出た後、僕たちは互いに買ったものを車に置いて、隣接された八百屋に向かった。明日からお盆がはじまる。店内は仏花や果物を目当てにした客で溢れかえっていて、知り合いらしい人も何人か見えた。僕たちもそれらの一部で、花が売られている区画へ足を向かわせる。
ユイは、「私、おばあちゃん花の選んでくるから、ちょっと人の邪魔にならんところで待ってて」と言って、勇み足で進んでいった。
ユイに会ったのは高校卒業式ぶりだった。当時よく着ていたTシャツの後姿を見て、大げさに言うと二〇一八年から飛び出してきたのかと思った。
唯一変わったところを言えば、左腕に小さなクリオネが彫られていたことだろうか。袖の端で見え隠れするタトゥーをみて、僕は彼女のボールペンを思い出した。高校生の時、彼女はクリオネを押し込むと先が出るペンで、よく僕の名前を書いた。「やめろよ」と言っても書き続けたあの数学の問題用紙を僕はこっそり持って帰ってどこかにしまったはずだ。家を探したらもしかしたら出てくるかもしれないと、有田みかんの前で記憶を遡った。
彼女が会計を済ましている間に、購入した仏花を包装しようと、カウンターの新聞紙に手を伸ばした。この花を綺麗に巻けたら、最近京都で行きつけの花屋ができたことを教えようと思った。
その店のおじさんがイケていて、季節の花しか置かないだよ。「やっぱり年中取り扱える花を売っている店のほうが人気なんだけど、俺かっこいい花屋を目指してるんだよね」って言ってて、他にも多肉植物とかドライフラワーとかもちょっと扱ってんの。いいんだよな、雰囲気も。今度花束買って帰るよ。
あと新聞紙の端をテープで抑えるだけというところで、ユイがレシートを財布にしまいながら大股でやってくる姿を目の端でとらえた。
「ねえちょっと貸して!巻き方が全然違う!」