Love actually is all around
気が早いけれど、12月の話をしよう。
もっと気が早いけれど、クリスマスの話をしよう。
なぜなら、来週の金曜日から私の大好きな作品「ラブ・アクチュアリー」が4Kデジタルリマスターでスクリーンに帰ってくるからだ!
クリスマスを描いた映画はたくさんあるけれど、その中でも特に好きな作品がふたつある。
ひとつは「素晴らしき哉、人生!(原題:It's a Wonderful Life)」
邦題が似ている「素晴らしきかな人生(原題:Collateral Beauty)」とよくごっちゃにされるのだが、ウィル・スミスではなくてジェームズ・スチュアートが主演の白黒映画の方。
もうひとつが先述の「ラブ・アクチュアリー(原題:Love Actually)」。
こちらはクリスマスの定番映画としても有名ではないだろうか。舞台は12月のロンドン、さまざまな人々のそれぞれのクリスマスが描かれている作品だ。
「素晴らしき哉、人生!」を最初に観たのは、高校3年生最後の英会話の授業だった。
「今はあまりピンと来ないかもしれない。白黒で古い作品だしね。だけど、君たちがここを巣立って大人になったとき、人生の軸になる作品だよ」
アメリカ人の先生ミスター・Sは、そんなことを言ってこの作品を上映した。
クリスマスイブの日、主人公の男ジョージは大金を失い窮地に追い込まれる。もう死んでやろうかと橋から飛び降りようとしたそのとき、先に身を投げようとした男が助けを求めている。慌てて男を助けたジョージに、男は自分が見習いの天使だと告げる。
自分なんかいない方がみんな幸せだ。死なせてくれ。そう喚くジョージに見習い天使のクラレンスは、望み通りジョージが「いない」世界を体験させる。
ジョージがいなければ死んでいた家族、とっくに廃業していた家業。かつてはのどかな田舎町もネオンであふれている。ジョージがいなければ、多くの人の人生が違ったものになっている。
自分なんていなければと思った人生が、実は多くの人に影響を与えていて、多くの人を救っていたのだ。そのことを知ったジョージは元の世界に戻ることを願い、家族のもとへ戻る。
元の世界では妻が事情を訴え、ジョージが今までの人生で知らずのうちに救ってきた人々が、彼のためならばと金をもって集まってくる。
タイトルの通り「素晴らしい人生」を噛みしめたジョージが、家族とクリスマスを祝ってこの映画はしめられる。見習い天使のクラレンスもまた、ジョージを救ったことにより翼を得て一人前になるのだった。
もちろん、当時高校生だった私にも刺さって、セーラー服の袖を涙と鼻水でぐしょぐしょにした。
だが、当時先生が言っていた「人生の軸になる作品」という言葉の真意を理解できたのは、大人になってからだった。
社会人になって、友人との関係性も学生のころよりは希薄になって、一人暮らしを始めて家族とも適度な距離感をたもつようになって。
ちょうどそのころに新型コロナウィルスが流行った。
完全にリモート勤務となり、人とのコミュニケーションが極端に減った。そして私は(様々な要因が絡み合った結果ではあったが)心を壊してしまった。
もう別に私なんていなくてもいいんじゃない。
今ここで私が消えたところで、誰も気にしないだろうし。
はぁ、今すぐにこの世界から消えてしまいたいなあ。
今ではこうやってここに書けるくらいには昇華できているが、当時の私は欄干に手をかけていたジョージと同じくらい追い詰められていた。
その時は、映画を観るような心理的余裕がなくて、正直に言うとこの映画のことを思い出すことは無かったのだけれど、元気になってから思い出してこの作品に立ち返った。
誰にも必要とされていない人間なんていないし、自分にとっては意味のない人生だと思っていても誰かにとっては救世主だったかもしれない。
だから、そう簡単にこの命を手放さなくてもいいんじゃないの。
そう思えるようになった。
さて、もうひとつのおすすめ映画「ラブ・アクチュアリー」は、大学生のときに初めて観た。英国俳優詰め合わせセット。お正月特番並の豪華な顔ぶれ。コリン・ファース、ヒュー・グラント、マーティン・フリーマンにビル・ナイ。
困ったことに、推ししかいない。
落ちぶれたロック歌手、妻を亡くした男、友人の嫁を好きになってしまった男、夫の不倫に気付いている妻、セクシー俳優の男、恋人が自分の弟と浮気をしていることに気付いてしまった小説家、英国首相とその秘書……。
それぞれのキャラクターはそれぞれの人生を歩んでいて、それぞれの苦悩があり、それぞれのクリスマスを迎えるのだけれど、実はその10通りの物語は全部どこかでつながっている……というお話。
実はタイトルには続きがあって、「Love actually is all around.(愛はじつにいたるところにある)」という意味からきている。そう、愛はいたるところにあるのです。普段は気づかないだけでね。
並べてみると当たりまえにまったく違う作品なのだけれど、実は私がこの2作品を好きな理由は同じ。
どちらの映画も、人生はひとりでは完結せずすべて誰かの人生につながっているのだということを教えてくれるからだ。
この話をし始めると長くなるのでまた別の機会にしたいのだけれど、私は常に「人間とは誰かの人生に影響を与えることで生き続けられるのだ」と思って生きている。
それはいい影響もだし、悪い影響ももちろん。
誰かに大きなトラウマを植え付けてしまうこともあるだろうし、殺したいほどに憎まれている可能性もゼロではない。
代わりに、もう二度と会わない相手をふと夢に見たり、遠く離れていても節目ごとに思い出して連絡をしたくなるような存在になることだってある。
一度関係性を持った人間同士は、そう簡単には決別することはできなくて、喧嘩をして縁を切ってしまったとしても、人生をたどっていくとその人と過ごした時間やその人から得た何かを引きずっていることがしばしばある。
「素晴らしき哉、人生!」も「ラブ・アクチュアリー」も、人生とはひとりでは完結しないんだよと教えてくれる映画だと思っている。
そして自分にとってはどうってことない行いや発言が誰かを救っていることもあるし、そうやって誰かの人生に少しずつ関与していることで、その人自身の人生も意味のあるものになるのだ。
クリスマスは、より人とのつながりに想いを馳せる期間だ。
大切な人……別に恋人や家族だけでなく、大事にしたいと思っているすべて人の顔を思い浮かべながら、マフラーに顔をうずめて、クリスマスキャロルの流れる街を、イルミネーションが彩る夜空の下を、スキップで帰ろう。
Love actually is all around.
愛はそこらじゅうにあるからね。あなたのすぐ隣にも。