然らば、盛夏
死に対する強烈な恐怖とあこがれ。
生への執着は、其れほど無い。
死にたくない。不本意に死にたくない。死ぬのは怖い。苦しむのが怖い。今後一生一切苦しまないならば死ねばいい。死ねば。それが最適解だと思った。生きることは酷く難しい。生きることは酷く苦しい。ささやかな、小さな、慎ましやかに積み上げてきたよろこびや嬉しさや幸せの類いを、一瞬でいっさいぐちゃぐちゃにするのが苦しみだ。苦しみを知らずに生きていたい。そうだな、苦しむくらいなら、辛いくらいなら、なんにも知らないうちに死んでしまいたい。死んでしまいたいんです。生きるのも死ぬのもこわい。生きるのも死ぬのもほしい。どれだけ人を愛せど、愛されど、どんなかたちか終わりがくる。しかたがない。しかたのないこと、生きているならば。死ねば、このままのわたしが遺る。歪んでいる。歪んでいる。正しいわけがない。それでも、何度再会を願えど、愛されど、わたしは不意に死んでしまいたくて堪らない。必要とされているうちに、愛されているうちに、幸せなうちに、苦しみをこれ以上しらないうちに、どうか、わたしを許さずに、わたしは死にたい。許さずにいて。幸せになって。あなたが救われるように、何度もあなたのなかのわたしを殺してほしい。会いたい。わからない。陽が落ちる。夏の盛りが、いのちの盛りが終わっていく。これ以上しあわせも、ふしあわせも知らなくていい。生きていたい。早く死にたい。いきおい、手首や頚すじに刃を立てることが、いつまでもやめられない。わたしからたいせつなひとを、早く解放してあげたい。夏の夜、鬱陶しいほどの湿度と蝉の声、アルコール、厭に鮮やかで愛しい記憶だけが増えていく。死ねないまま秋がくる。死なないままで、来年の夏がまた来る。