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お多福
小四の時、お多福風邪に罹って学校を休んだら、早速松岡と中田が見舞いに来た。
「お多福風邪じゃけぇ感染るよ?」と玄関で母が言うと、松岡は「お多福風邪にはまだかかっとらんけぇ、もらってきんさいってお母さんに言われました」と、けろりと返す。
「中田君も大丈夫?」
「僕はお多福風邪、なったことあるけぇ大丈夫です」
それで、じきに二人が部屋へ来た。
お多福風邪と云っても、まだこの時はそう診断されたばかりで、見た目は普通である。
「全然普通じゃん」
「まだ、今日お多福って(医者に)云われたばっかりじゃけぇねぇ」
「なーんじゃ」
松岡は何だか残念そうだった。
その日は学校のプリントをもらって、先生が何と云った、誰某がどうしたという話を聞いた。なお、この時ロバ先生は担任の癖に病気で長期療養に入っていたから、クラスを見ていたのは高橋先生である。高橋先生は玉置浩二に似ていたように思うが、実際どうったかはもうあんまり判然しない。
それから三日もするとほっぺたが腫れて、いよいよお多福らしくなった。医者に診てもらうと、もうこれで治るよとのことで、見た目は格好悪いが一安心した。
医院からの帰りに、頭を振ったらほっぺたが遅れて震えるのが面白くて何度も振って遊んでいたら、頭のおかしい猫みたいだからやめなさいと母が云った。頭のおかしい猫を自分は見たことがないから、彼らが頭を振るものなのかは判然しないが、そう云われるのならそうなのだろうと思って、あんまり振らないようにした。そうして、ちょっとだけ振った。
町の書店へ寄って、病床で読む本を買ってもらったら、店主が、「なかなか福々しいですね」と云った。お多福なのだからそれは福々しいに決まっている。
この店主はそれから四十年経った今も店に立っていて、何だか恥ずかしいから、帰省してもこの店には行きづらい。
家に帰ると、今度は松岡が一人で来た。
「今日はさすがにやめときんさい」と母が言って帰した。
それから松岡がお多福風邪に罹ったかは知らない。
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