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重傷を追う

 小二の時、大掃除中に黒川がふざけて振り回した箒が自分の顔に当たった。あっと思って押さえたら、指の間から血が流れてきた。鼻血である。
 自分も驚いたが担任の佐々木先生がもっと驚き、「百君、座りんさい!」と手近な椅子に座らせた。そうして上を向かせて、首の後ろへチョップを食らわせる。鼻血が出た際にそうするのが無意味と知れ渡ったのはもう少し後の時代で、あの当時はみんな上向きにしてチョップを食らわせたのである。
 それを見た土屋が「空手チョップじゃ!」と目を輝かせた。自分は少しイラッと来た。
 しばらくそうやって上を向いていた。佐々木先生はチョップの後、時折首筋を指圧しながら、後頭部を支えてくれた。
 土屋も傍にいて、「おっと、百君、重傷を負いました!」と、机の上で二本指を足に見立てて、両手で追いかけっこを始めた。「こっちが重傷。こっちが百ね。待て〜」
 どうやら百が重傷を追いかけているらしい。やっぱりイラッと来た。
「土屋君、あんたは掃除しときんさい」
 佐々木先生が呆れた調子で追い払い、土屋はニヤニヤしながら掃除に戻った。
 自分は鼻血が止まったら土屋を殴ろうと決めたけれど、実際止まったら何だかタイミングを失ってしまったので、とりあえず止した。
 この時から土屋は自分の仇敵になって、中学を卒業するまではよくけんかをした。その後は別の高校へ行ったから、戦うこともなくなった。

 土屋とは十年前に小さな同窓会で再会して仲直りをしたけれど、それぎり会っていない。もう今頃は海を渡っているのかも知れない。

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百裕(ひゃく・ひろし)
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