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汚い話の承継

 自分がまだ小学生だった頃に、母と妹と三人でバスに乗って祖父母の家へ行った。
 家の近くのバス停へ歩いて行くのに、途中で母が犬のうんこを踏んだ。
「あ、うんこ踏んだよ」と指摘すると、
「えぇっ!」
 母は驚いて足元を見た。そこには確かに大きめの犬のうんこが、踏まれた形に潰れている。
 嫌だぁ、と言いながら、踏んだ足を舗道にずずずとなすりつけた。地面にうんこが帯状に付着した。
 それから母は靴の裏を覗き、「あんまり着いてないよ」と言った。なすりつけた後なのだから、もう着いていないのに決まっている。そう云って自分はゲラゲラ笑った。妹も、ふふふと笑った。母は「うるさい」と言った。
 祖父母の家には叔母が帰って来ていた。早速先刻の話をしたら、「お姉さん、大変だったわねぇ」と云いながら、うふふふふと笑い、祖母は「まぁ」と呆れた顔をした。
 祖母は、踏んだことや、なすりつけた後で「あんまり着いていない」と言ったことよりも、道の真ん中に犬のうんこが落ちていたことに呆れたらしかった。

 先日の帰省中、妻の方の両親へ渡す土産を買いに八丁堀へ行こうと母が云うので、娘と三人でバスに乗って出かけた。車で行くのかと思ったが、市内の中心部だからなかなか車を止めるところがないのだそうだ。いくら何でも、どこかは止められるのに違いないが、ここよりもあっちの方が安いとか、どこそこは安いけれど目的地から遠いとか、そんなことを考えるのが面倒だから、云われる通りバスで行くことにした。
 途中で、昔母がうんこを踏んだ辺りを通ったから、娘にその話を教えてやった。
 果たして娘はゲラゲラ笑った。母はうるさいと云った。

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百裕(ひゃく・ひろし)
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