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男前と、知らない人

 独り暮らしにすっかり慣れた頃、テレビで吉田栄作が水を使わずにカレーを作ると話していた。水でなく牛乳を使うのだそうだ。
 自分は別段栄作ファンではないけれど、男前がそう云うのだったらきっと美味いのだろうと考えた。そうして試してみることに決めた。
 あいにく牛乳を切らしていたから、近くのスーパーで買って来た。ついでに樹氷という酒も買って来たが、それはオレンジジュースで割って飲むつもりだったのでカレーに関係ない。

 どういうものが出来上がるのか見当がつかないまま牛乳でグツグツやって市販のルーを溶かしたら、果たして見慣れないベージュのカレーが出来た。
 控え目に云って、あんまり美味そうではない。率直に云うと不味そうだ。それでも男前がこうして作るのに、不味いということはないだろう。
 丹田に力を入れながら、実際に食べてみたら、どうも不味いようだった。辛いのか甘いのか、甚だ判然しないのである。男前に騙されたか知らと思ったら、負けたような心持ちになった。
 負けるにしても、男前に負けるのは面白くない。金持ちに負けるのもつまらないが、それとは少しく違った面白くなさがある。だからもう二度と牛乳カレーはやらないことにした。

 もう少し後になって、今度は誰から聞いたか忘れたけれど、水の代わりにトマト缶を使う方法があると知った。やっぱり出来上がりはイメージしづらいが、まだ牛乳よりはいけそうな気がする。
 それで実際やってみたら今度は随分赤みがかったカレーになった。果たして牛乳カレーよりも見た目は美味そうだ。
 今度こそ大丈夫だろうと安心していたら、またしても不味くて驚いた。カレーなのかトマトなのか、全体何を食っているのか判然しない。目を閉じて味覚と嗅覚に集中しても、美味さが一向わからない。
 どうもトマトを使うのに煮込みようが足りなかったらしい。そうとわかっても、リベンジする気にはならないままである。


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百裕(ひゃく・ひろし)
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